「トヨタ危機の教訓」ジェフリー・K・ライカー、ティモシー・N・オグデン著 日経BP社2011/07/02 18:24

本書は、トヨタが絶好調であった2008年に突如襲ったアメリカでのリコール危機とそれをいかに乗り切っていったかを多くの関係者からの取材で克明に解き明かしていくノンフィクションである。

一連の危機は、セイラー家の事故から始まる。ディーラーが別な車のフロアマットを敷いたことによるアクセルペダルが押され続けたための事故であったが、車載電子機器のトラブルという憶測に基づく報道や、NHTSAの苦情データベース中の予期せぬ急加速という根拠のない報道によって火がついた。
さらに悪いことに、アメリカ国内で使用しているCTS社製の戻りにくいペダル問題が火に油を注ぐ。すなわち、このペダルによる事故の事例が1件も無いことを持ってリコールではなく設計変更を行うという判断を下したのである。
そして、決定的だったのが2010年型プリウスの低速走行時のブレーキがすぐに作動しないように思えるという感覚へのクレームである。

いずれも、根拠のないものであるにもかかわらず、トヨタは正面切って反論証拠を示したりしていない。

そして、2011年2月のNASAによるトヨタの電子系に問題はないという結論でこの危機は幕を引く。

この危機の間、ディーラーを通じた徹底的な顧客サポートもあり、以降、トヨタの顧客は再びトヨタに戻り、業績は回復傾向を示す。

これらの過程で感心するのが、「トヨタはいかなる品質欠陥も決して顧客や部品メーカーのせいにはしない」という態度である。
これは、部品メーカーや生産ライン、ディーラーまで徹底された「顧客第一」という考えがその根底にある。

もうひとつ、忘れてならないのがどのような危機であっても、従業員の解雇や一時帰休をさせずに、その間もカイゼンのための研修を行っていたという事実である。これが、危機からの回復の際に大きな役割を果たす。

もちろん、本書の原因解明の過程の中でもともとトヨタにあった「ゲンチ・ゲンブツ」という企業文化がリコール問題への対処の中ではおろそかになってしまったという指摘は肯ける。顧客の声を十分に聞いていなかったという事実である。だからこそ、危機をチャンスに作り変えることができたとも言える。

どこかこのトヨタの経営は、日本人そのものと重ねあわせられる。ここへきて自信喪失気味の日本人に向かって、もっと自信を持てと言ってくれているようである。

本書に教えられることは数多い。
今、大震災と原発という未曾有の危機に直面している日本にも多くの教訓を与えてくれる。

「知的文章とプレゼンテーション」黒木登志夫著 中公新書2011/07/03 23:20

おもしろい。
世の中に文章論は数多い。著者の経歴を読むと、失礼ながらこのような本を書くようには思えないが、内容はまさに本書の主題のとおり、「簡潔、明快、論理的」である。
そして相当の地位にある方にもかかわらず、まったく飾らないのも好感が持てる。
ただし、本書における多くの著作の引用からも、著者の博学多才ぶりは推察できる。
本書の内容は、文章論から論文作成のポイント、日本人にとっての英語論、整理術、パソコン活用法まで多岐にわたっている。
あわせて、各章ごとにポイントを3行にまとめているのもわかりやすく好感が持てる。

本書を通じて多くのことが教えられる。これは、あくまで著者が体験的に得てきた技術であり、そこに説得力がある。

たとえば、
理系、文系の区別はない。大切なのは物事を筋道立てて考える論理的思考である。
また、主語がなく日本語は論理的でないというが、論理的に考え分析し仕事をするために、簡潔・明快・論理的という知的3原則を心掛けよ。 文章作成の極意として「起承転結」と言われるが、論理的な文章としてはむしろ「転」は展開の「展」とすべき。
などなど。

一方で、プレゼンテーションツールとしてのパワーポイントの悪い使い方の事例として、官公庁が作成した図が掲載されているが、体験的にも肯ける。
さらに追記として、東日本大震災後の政府、東電、原子力保安院の国民に対する説明は不十分であり、危機管理におけるプレゼンテーションの大切さを述べている。

本書は、主に論文を書く学生、逆にこれらを審査する人を想定して書いたというが、それだけではなくより広く一般的に報告書を書いたりプレゼンテーションをする社会人にも教えられることの多い本に仕上がっている。
繰り返し読みたい本である。

「ハイパーインフレの悪夢」アダム・ファーガソン著 新潮社2011/07/11 19:30

1975年に書かれた本で、欧米では昨年話題になったという。2008年の金融危機以来、不安定化する主要国通貨を前に、あのドイツで起こったハイパーインフレを克明に追うことによって、貨幣とは何かを考えさせてくれる。

庶民の目線で、丹念に通過の価値がとてつもなく下落していくさまを見ると、背筋が寒くなる。特に、1920年ごろのドイツでは、紙幣の乱発が通貨価値の下落を招いているとは、ほとんど誰も気づいていなかったという事実に、いつの時代でもある状況下にあるとその危機の大きさに気づくのはずっと後になってからと思わざるを得ない。

そして、6年に及ぶ天文学的な下落の後の緊縮策で、ようやく安定が図られたとたん、実質的なマイナス金利で潤ってきた企業がばたばたと倒産する。
インフレでも、デフレでもいつも苦しめられるのは庶民である。

注目したいのは、ハイパーインフレに突き進んで行ったドイツのある一時期と、今われわれが住むこの国の国家予算に占める負債の割合が変わらないことである。
このまま政府の無策が続いていくと、ワイマール共和国との相似形さえ可能性は否定できないとも思えてくる。
その時点では、積み上がる負債が帳消しにはなるだろうが、引き換えの代償はあまりにも大きい。

今この時点でさえこの国の国民は、この本のドイツ国民と同様、迫り来る危機の大きさに気付いていないように見える。

「ジェイコブズ対モーゼス」アンソニー・フリント著 鹿島出版会2011/07/11 19:41

あの「アメリカ大都市の死と生」を著し、ニューヨークへの高速道路計画を中止させたジェイン・ジェイコブズの伝記である。
一方の当事者である都市計画の推進者であったモーゼスと対比させることで、彼女の存在感が浮き立っている。

あれだけの名著を書き上げたジェイコブズは、高卒でジャーナリストを目指していたというから意外である。転機が訪れたのは、建築家である夫ボブとの出会いと建築雑誌のライターとなったことである。
ただ、もともとあった反骨精神とフィラデルフィアの都市再生計画の取材などの体験から、ル・コルビジェに代表される近代建築への反感を募らせるようになったというのが原点のようだ。

それにしても、彼女の独自の理念に支えられた実行力は際立っている。
ワシントンスクエアパークを貫く道路計画への反対運動。
グリニッジビレッジ保存運動。
そして、10年にわたるニューヨーク高速道路計画との戦い。
いずれも当初から彼女が関わっていなかったのだが、参加を打診されると本気で取り組んでしまう熱い心の持ち主であることがわかる。

また、対立軸としてモーゼスの人となりを交錯させることでまるで物語を読んでいくように描かれて、引き込まれてしまう構成も見事である。

ふりかえって、日本を見るといまだに高速道路計画や都市を貫く道路計画は衰えを知らない。
最近ようやく中国地方の鞆の浦(ポニョの舞台)での道路計画の中止などの動きが見られるものの、車中心社会による地方都市の中心部の破壊はすさまじいものがある。
この国には、彼女のような人は出てこないのだろうか。
改めて考えさせられた。

「日本復興計画」大前研一著 文芸春秋2011/07/11 19:58

かつてマッキンゼー社の日本支社長を務め、経営コンサルタントとして著名な大前氏であるが、かつてMITでは原子力で博士号を取得し、日立の技術者として勤務していたことがあるという。
そういう経験の上にあるからこそ、今回のフクシマについて驚くべき速い段階で精度の高い見方を示している。
本書は、彼が持つビジネス・ブレークスルーの衛星放送のライブの記録と、日本復興のための試案の提示である。

驚くのは、すでに3月13日の段階で、原子力の時代は終わったとし、日本中で35%の節電をせよとしている。
さらに、政府が当初チェルノブイリのようにコンクリートによる石棺を検討していたときに、強く反対し3年から5年かけて注水により冷やし続けることを提案し、建屋全体をシートで覆うことを提案したのが3月19日である。
いずれにせよ、原子炉跡周辺地域は半永久的に立入り禁止区域となると予測する。

問題は、冷却プールにあるとされる1万本もの大量の使用済み核燃料である。現時点で、これを持っていくところがないというから驚きである。これでは、日本中で原発再開をストップするのもやむを得ないとも思える。

そして、最終章では彼の持論である道州制の提案、日本人のメンタリティの変革を提言している。
すなわち、もう国には頼らず自分に投資をしろと結んでいる。

この20年以上の間、彼の発した警告はほとんど聞き入れられず、所得は減り続けているこの国にはもはや期待できないというのが大前の結論というのはあまりに寂しい。

「ダニエル・カーネマン心理と経済を語る」楽工社2011/07/18 09:44

「行動経済学」という分野を切り開いたダニエル・カーネマンのノーベル賞受賞記念講演録と、自伝、そして一般読者向けに書かれた論文を収めたもの。
特に注目したいのは、第4章の幸福の指数化としてのU指数の提案である。

カーネマンといえば、人は必ずしも経済学でいうところの合理的な行動をとることはないという新境地を切り開いた経済学者という認識を持っていたが、もともと心理学が専門であったということに納得がいく。

ただ、彼も今までの経済学をすべて否定しているわけではなく、人が時として示す不合理な行動を研究し、経済学を発展させたというところが正しい。

高度経済成長を経験した日本と今まさに発展しつつある中国のいずれも、その国民の幸福度は増していない。中国ではむしろ下がっているという。
それは、人間の満足度は変化に対して敏感であるがその状況にいると満足度は下がってしまうという著者の研究(プロスペクト理論)からもいえるものである。

ブータンを始めイギリスやオーストラリアなどの国では国民総幸福度という指標を使い始めているが、著者の提唱するU指数を発展させると、もしかしたらわれわれの世界観はまったく違ったものになるのかもしれない。

「世界国債暴落」高田創ほか 東洋経済新報社2011/07/18 09:52

本書の内容は、表題よりはむしろ副題、「世界を蝕む日本化現象」である。
 すなわち、リーマンショック後の金融危機に対応して先進国での急激な財政悪化に対応して国債による補填が進んだ結果、ギリシャ危機やドルの信任低下といった世界的なソブリンリスクが拡大し、結果として世界中が日本と同様の問題を抱えるに至ったというものである。

もはや、日本の債務水準は常識的に考えれば到底返済可能なレベルを超えているように思えるが、それに対する本書の回答が興味深い。「そもそも債務の問題は、完全に返済することを求められるものではない。不良債権にならない程度に債務が存在することが金融機関には望ましい。」

また、「依然日本国にファイナンスが続いているのは、日本の租税負担率が23.7%と国際的に見て極めて低い水準にあることによる将来税収の現在価値を見込んでいるためと考えられる。」

その上で、今後の日本国債への投資継続の前提として、
①日本は、いずれ成長路線に戻る。
②その時点で増税を行う決断をする。
③政府には、決断をじっこうできるガバナンスが存在する。
の3点を挙げている。

本書を通じて、国債は簡単には暴落しない。今後は、国債を中心とした戦略性を意識すべきというのが著者らの主張である。
しかし、ここ最近の政府や国会の迷走ぶりは目を覆うばかりである。
日本国への信任は、大きく揺らぎつつあるというのが偽らざる感想である。

「ユニクロ帝国の光と影」横田増生著 文芸春秋2011/07/19 09:49

今や押しも押されぬ超優良企業のユニクロを築き上げた柳井正について、通常のマスコミレベルでは知られない実像を取材した本。
 また、ユニクロと比較される世界的企業ZARAへの取材を通じて、今後の方向性のヒントも探る。

彼の生い立ちから、ユニクロ商法の原点である小郡商事にはじまり、フリースブーム後の停滞からの復活までを描く。

圧倒的な利益率に代表されるプラスイメージの一方、本書ではマイナスイメージとして中途採用した執行役員が次々と辞めていく理由や、店長の厳しい労働条件、従業員への分厚いマニュアルと軍隊式の指導、中国の製造工場への厳しい価格と品質要求。などを現地への取材で明らかにしていく。

興味深いのは、柳井がライバルとしているZARAの決算書と比較して浮かび上がる高収益の要因である。
 それは、販売管理費中の人件費比率の低さである。すなわち、正社員比率を低く抑えていることである。
 また、ユニクロと同様の大量の海外への見込み発注というビジネスモデルでのし上がってきたGAPの衰退と少量多品種生産で成長を続けるZARAを対比させることで、今後の方向性を示唆している。

ユニクロイコール柳井正であり、彼が築き上げたユニクロは、皮肉なことに現状のビジネスモデルを続けていく限り成長の限界を内包していることを明らかにしている。

「捕鯨論争」石井敦著 新評論2011/07/20 20:42

日本が戦後捕鯨国としての地位を築き上げたものの、IWCを通じていかに包囲されて、アメリカを中心とするモラトリアムという事実上の捕鯨禁止という状況に追い込まれ、そして調査捕鯨という道を選択していったのかがよくわかる本に仕上がっている。

加えて、どうしてクジラは日本の文化と呼ばれるようになったのか、なぜいまだに調査捕鯨と称して大量のミンククジラを捕獲しているのかという背景まで深く掘り下げている。

すなわち、補助金と鯨肉の売上によって賄っているに過ぎない調査捕鯨は、すでに商業的な価値は喪失し、水産庁の遠洋課捕鯨班を中心とする捕鯨サークルである共同船舶と鯨研が存続することのみにその価値はあるに過ぎないと喝破している。

以上の論点を踏まえて、本書の結論は逆説的にモラトリアム解禁を述べている。
そうすれば、自由に捕獲量を決められる調査捕鯨とは異なり、上限がはめられるのである。

さらには、この国の世論づくりの構図までも明らかにする。
それが、ナショナリズムと結びついた文化と既得権益とは無縁の科学であり、政府の公式見解をそのまま掲載する記者クラブである。

あわせて、捕鯨か反捕鯨かという二項対立の構図は、原発への賛否の構図とよく似た不幸な構図ではないかと感じた。

「原子炉解体」石川迪夫著 講談社2011/07/23 09:22

本書は、1963年に作られた原研の日本初の沸騰水型動力試験炉の1986年から1993年にかけての廃炉工事の記録である。

一般向けに書かれた本で、特に毎日のように聞く福島第一原発の構造を耳にしているわれわれにはその構造と解体に当たっての様々な課題は手にとるようにわかりやすい。

ただし、このケースは、廃炉としてうまく行ったケースを取り上げているわけであるが、商業用原子炉を含めてもそもそも廃炉のことを考えて作られていないことに愕然とする。

本書でも、世界の廃炉の方法がいくつか紹介されているが、どれも試行錯誤の状態という印象である。

今も世界中で稼働している多くの原発は、一体その退役をどのように考えて作られているのであろうかと改めて考えさせられた。