「ブーメラン」マイケル・ルイス著 文芸春秋2012/03/11 15:16

本書は、アメリカ発の世界金融危機がヨーロッパに影響を与え、これが回り回って再びアメリカに危機を与えているというもので、現地に飛んで主要な人物に取材を行いながら、危機の本質に迫った本である。

類書と違って、本書のすべてが著者の突撃取材から成り立っている。 丹念な現地取材だからこそ、危機の真実が見えてくる。
世界金融危機の当事者であったアイスランドから始まり、ユーロ危機の震源地ギリシャ、そしてアイルランド、ユーロを支える立場のドイツ、そしてアメリカのカリフォルニア州まで、それぞれの国民性までも浮き彫りにしている。

たとえば、漁業で成り立っていた貧しい国家アイスランドが急成長したのは、アイスランド政府が漁師一人ひとりに過去の実績を参考にした水揚げ高を割り当てた(私有化した)ことをきっかけに、権利の売買が一般化し、投資銀行業につながっていったという。そして、アイルランドの特徴は男性優位の風土がリスクを冒す投資に向いていたという。
それから、役人天国のギリシャ。生徒の学力は最下層に位置するのに生徒一人に対する教員の数はフィンランドの4倍。国有鉄道の歳入が1億ユーロに対してその職員の給与総額は4億ユーロ。官有の軍事企業は3つもある。そして徴税が機能しないことを税務官1号、税務官2号と名付けた二人への取材。
さらに、資産価値のない湖を政府に買取を持ちかけたヴァトペディ修道院への潜入取材。
巨額の損失を出した銀行を国有化したアイルランド財務省のレハニンへの取材と救済されたアイリッシュ銀行の株主総会で腐った卵を投げつけたキーオーへの取材。
「汚物に執着するドイツ人」の本を紹介し、自ら国内では金融モラルをわきまえつつも、多くのサブプライム債を購入し、財政は健全だと表明したギリシャ債を購入するのは、ホロコーストという過去を洗い流すための浄化装置であると分析する。

あの第二次世界大戦の反省からドイツは決して自国の国旗を目立つところには掲揚しないというあたりや自らリスクの高い投資は決してしないというあたりなどは日本に通ずるところを感じるし、進む財政赤字のなかで公務員(消防士や警察官)を削減し、必要な住民サービスがほとんどできなくなっているカリフォルニア州の市の話などは、近未来の日本を感じる。

いずれにせよ、本書の序章に出てくるヘッジファンドはフランスと日本をショートポジションで仕掛けているという。 「ブーメラン」がひとごとでないのは確かである。