「成熟社会の経済学」小野善康著 岩波新書 ― 2012/04/10 06:34
成熟社会における経済はそれまでの発展途上社会とは異なるという独自の視点で、円高と長期低迷という日本経済が入り込んでいる袋小路を的確に分析している。
何より、貨幣の本質をよくとらえ、不況もバブルもそもそも貨幣があるから起きるという説明は、非常にわかりやすい。
すなわち、そもそもお金は、もともとは交換のためのツールとして成立したのに、万能の交換手段という性質があるために、お金そのものへの欲望が強まり、これが不況やデフレをもたらすというものである。
そして成熟社会では、供給が需要を上回り、結果として貨幣への欲望が強くなる。
そういう中では、旧来の財政政策、たとえば何も生み出さない無駄な公共事業、お金を渡すだけの給付金、税負担を減らすだけの減税などは、何の効果もない。
むしろ政府が支援すべきは、環境、介護、保育、健康など国民生活の質が上がるような分野であるとする。
また消費税については、日銀が消費税の分だけ貨幣量を減らすのと同じ効果であり消費税増税自体は景気に対しては中立。むしろ、これを雇用拡大に使えば経済はかえって拡大するとしている。
さらに、高齢者社会保障制度の方向性として、現物給付を提言しているのもユニークである。
本書は、成熟社会における「お金」について原点に立ちながら、幸福とは何かまでも探った意欲作である。
あとがきで、日本をクリスマスキャロルのスクルージに例えているのが何やら象徴的である。
「水と人類の1万年史」ブライアン・フェイガン 河出書房新社 ― 2012/04/15 22:00
気候変動と人類史について多くの著作のある著者による、古代文明から近代までの文明が水をいかに利用し文明を築き、そして崩壊したのかを探るというユニークな視点からの本である。
本書では実に多様な文明が水を利用することにより成り立ってきたことが紹介されている。
これら、水を大規模に活用していた文明も、自らの環境破壊や気候変動によって崩壊していったものが数多くあげられている。
中でも印象深いのは、
もともとメソポタミアでは長い期間をかけて土壌の塩性化を防ぐように休耕する仕組みであったものを、6世紀のササン朝となり、大規模な灌漑工事により土地から最大限の利益をあげようとするあまり、地下水面が上がって塩分濃度が高まり、結果として農産物は減少するとともに、農地の拡大で狩猟動物も減少してしまったという。
これとともに、ササン朝も崩壊することになる。
同様に、ローマ人が築き上げた壮大な水道システムも、維持管理には膨大な費用がかかり、あちこちで水漏れが生じていたが、強い政府と多くの労働力の上に成り立っていたものであり、ローマ帝国が崩壊するとともに、送水路は崩壊し水が途絶えた。
そして残ったのは、貯水槽、井戸、湧水とカナートであったという。
そして、最終章で、現代のアメリカにおけるコロラド川オガララ帯水層からの大量取水への懸念を示しつつこう述べる。
「われわれは決して地球を支配することはない。」
水をはじめとする資源を無尽蔵に消費している現代文明への大きな警鐘ともとれる本である。
「地球に残された時間」レスター・ブラウン著 ダイヤモンド社 ― 2012/04/21 16:05
文明の持続可能性について多くの警鐘を鳴らし続けてきた著者による最後の処方箋とも言うべき本。
表題(原題はWorld on the edge)にその思いが強く表れており、世界はもはや崖っぷちに立たされているとして、大きな懸念を表明している。
前半では、帯水層までも消費しつくすことによる水資源の枯渇、過放牧による土壌の侵食と砂漠化、地球温暖化に伴う穀物収穫の減少、環境難民の出現、破綻国家の台頭などいま進行しつつある多くの問題を指摘する。
そして、後半ではこれら持続不可能な資源の過消費によって破滅への道を突き進む現代社会へのプランBである処方箋を提示する。
その中でも印象深いのは、日本が多く登場するところである。
家電製品の省エネ技術を推し進める日本のトップランナー方式。都市間移動を超高速鉄道で多くの人々を正確に運ぶ新幹線。プラグインハイブリッド車や電気自動車の開発。LED電球、コメの単位あたり収穫量の極大化、そして古くから地熱発電を開発してきた国。
などなど、著者によれば、日本はプランBに最も近い国という位置づけになりそうである。
最後に著者が紹介するエクソン社の副社長の言葉が印象深い。
「社会主義は崩壊した。市場に経済の真実を語らせないためだ。資本主義は崩壊するかもしれない。市場に生態系の真実を語らせないためだ。」
そして著者は言う。
「エンロンは費用を簿外処理する巧妙なやり方を編み出していた。私たちは今、まさに同じ事をしている。ただし、地球全体でそうしているのだ。」
「刑務所の経済学」中島隆信著 PHP ― 2012/04/22 21:50
いつも経済学の視点からユニークな分野に光を当てて、新たな境地を見せてくれる著者による刑務所の実像とその処方せん。
普段我々が知らない世界を、実際の取材を通して明らかにし、問題点を浮き彫りにしていく作業は見事である。
そこにあるのは、前著「障害者の経済学」とも通じる社会から排除された人々への暖かなまなざしである。
最近の日本の厳罰化の流れへの「修復的司法」という考え方の紹介。
また、民間のボランティアやNPOによって成り立っている更生保護の仕組み。
などなど
特に刑務所間の受刑者の更生を指標としたインセンティブの導入の提言や更生保護の重要性を唱えているのは注目したい。
そして何より彼らを社会復帰させるのは、雇用の確保である。
ここでのキーワードは、比較優位である。
すなわちどんなに優秀な雇用者がいても、一人ですべての仕事をこなすことはできない。それぞれの得意な分野に特化することで、社会全体の便益が最大となるという考え方である。
障害者にしろ受刑者にしろ彼らに社会の居場所を与えるという著者の視点に新鮮な感動を覚えた。
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