「2050年の世界地図」ローレンス・C・スミス著2012/08/05 08:50

表題からすると、近未来の世界を予測する本のように見えるが、むしろ副題の「迫り来るニューノースの時代」がその内容を正しく表している。
本書で主に焦点が当たるのは、「NORCs」と本書が定義しているアイスランド、グリーンランド、ノルウェー、スウェーデン、フィンランド、ロシア、カナダ、そしてアメリカの北緯45度以北の地域である。

もちろん、2050年の世界を予測するのに当たり、多くの懸念もあげている。
人間の欲望が天然資源に対する需要を限りなく増大させているとし、伸びゆく物質的消費がこのまま突き進んだらどうなるのか。
そして、人口問題。このままいけば、2050年には世界の人口は40%増加し、食糧需要は2倍になる。
また、エネルギー問題についても興味深い指摘がある。特に原子力。本書が刊行されたのが2010年だったが、すでに事故の危険性と放射性廃棄物、そしてウランの可採年数などの問題点を指摘している。
もう一つの懸念材料として、水の問題をあげている。人口増加と経済成長、そして気候変動が世界中にマイナスの影響を及ぼすという。
加えて、タールサンドの採掘に伴う環境汚染も深刻な被害をもたらしているとする。

そういう中で著者がNORCsに注目するポイントは4つ。
人口構造の変化、天然資源の需要拡大、気候変動、グローバル化の4つがこれからの世界の動向のカギとなっており、近い将来この地域が伸びていくであろうと予測する根拠となっている。
すなわち、この地域は意外にも人口増加している国が多く、その埋蔵資源量も豊富。さらに地球温暖化によって北極海の航行が可能になったり作物の栽培が用意になるなど、これからの展望が描かれる。
その他考え得る様々な角度からニューノースの将来を見通して、少なくとも今後1世紀の間は有利な位置づけにあると結論づけている。

いわば、最後のフロンティアとでもいうべき高緯度地方に光を当てたユニークな本である。
危機をあおるわけではなく、一方でバラ色の世界観を提示しているわけでもなく、客観的で冷静に未来を見つめている。

「地球外生命9の論点」立花隆、佐藤勝彦ほか著 ブルーバックス2012/08/05 08:59

最新の研究成果から得られた情報から、地球外生命の存在可能性を、9人の研究者がバトンをつないで解説していく。
それぞれの専門分野ごとに語り継ぐことによって、重複のないしっかりした本に仕上がっている。

本書では生物学と天文学が大きなテーマになっており、生物学上の研究成果たとえば葉緑素の研究(将来のエネルギー革命を予感させる!)、RNAワールド仮説、DNAから系統樹をたどるとなんと熱に強い古細菌に行き着くという説、ミトコンドリアというかつてのバクテリアとの共生などなどこれだけでも十分面白い。

しかし本書の真骨頂はやはり天文学の成果である。
 暗黒星雲中に含まれる有機物と、アミノ酸の前駆体。太陽系に広がる円偏向による左手型アミノ酸の合成。そして、世界初の宇宙空間アミノ酸検出への競争。それら研究成果から、生命の材料は宇宙から来たという仮説の誕生。そして、火星隕石に含まれるバクテリアのような構造と微細な磁鉄鉱の結晶の発見。

われわれの耳にすることの少ない研究成果がふんだんに盛り込まれ、わくわくさせてくれる。
それにしても、ドレイク方程式とフェルミのパラドックスは意味深長である。
 「なぜ、今まで我々は一度も彼らに遭遇していないのか。」
 「ドレイク方程式で一番大事なのは、Lすなわち高度な文明が存在する時間の長さである。」
 資源を浪費し、環境を破壊し、無意味な争いを続ける我々に突き付けられた課題でもある。

「地図と愉しむ東京歴史散歩 都心の謎篇」竹内正浩著 中公新書2012/08/05 09:04

東京の古地図を使いながら、かつてそこにあった遺構など意外な新発見を次々と見せてくれて、とても興味深く読める。

中でも、戦前からあった弾丸列車計画が現代の新幹線につながり、新幹線という名の集落が新丹名トンネル近くに残っているという話や、上越新幹線の発着駅が新宿と計画されていたために新宿駅には地下構造がないという説明や、成田までの新幹線計画が頓挫しその遺構が意外なところで転用されているという話など著者の探索力には感嘆させられる。

現代の東京も、多くの歴史の上に成り立っている。そして、その名残はいろいろなところに眠っている。地図はそれをよく示す材料である。

「自滅する選択」池田新介著 東洋経済新報社2012/08/12 05:46

本書は、「なぜ太っている人は借金をするのか」、「なぜ仕事や宿題を後回しにして締め切り間近にするのか」、「なぜ喫煙やギャンブルの習慣からなかなか抜けられないのか」といった人の傾向を、行動経済学を使って明らかにしていく。
こうした自滅的な傾向を、本書では双曲割引とよび、いつも目先の利益が遠い先の利益よりも大きくみてしまう傾向と定義する。

特に本書でユニークなのは、「肥満」を行動経済学からとらえている点である。すなわち、食べるという行為は将来の健康を考えて今どれだけおいしいものを食べるかという行為になるが、将来を考えない性向を持つ人の場合は、過食が肥満という自滅をもたらすとする。このため、太っている人は強い負債傾向を示すという。
そこで本書は、これらの自滅を防ぐための手建てをいくつか紹介している。なかでも、強制力を伴わないソフトなコミットメント手段や計画機関を短く設定するなどは参考になる。
一方で、これら双曲割引の特性をうまく利用してきたのが、企業側であるともいう。
たとえば、携帯電話会社が端末を無料で配ったり、クレジット会社が「お試し金利」として一定期間を極端な低金利にしたりといった例である。

こうしてみると、現代の社会は、人々の双曲割引傾向を利用して、成り立っているといえる。
その結果が、サブプライムローンの破たんをきっかけとした世界経済危機であり、ユーロ加盟で目先の繁栄を謳歌したギリシャの破たんをきっかけとしたユーロ危機でもある。
そいういう意味では、行動経済学がこれからの世界経済の処方せんを描くひとつのヒントを提供しているともいえる。

「欧州のエネルギーシフト」脇坂紀行著 岩波新書2012/08/12 06:00

3.11後の欧州各国の最新のエネルギー事情を取材した本。
現地を歩いて取材したルポだけに、今の欧州の主要国はどう動いているのかが実感できる好著である。

・水力風力に恵まれない国土の事情から原発建設を進めるフィンランド。ここには、世界初の核の最終処分場もある。
・一方ですでに原発を抑制に動いているスウェーデン。この国は、一度脱原発を決定したものの、経済不況をきっかけに現状維持に転換している。
・そして原発大国のフランス。ここには、日本がモデルとした再処理工場がある。この国は、58基の原発を抱え総発電量の75%を原子力が占める。しかし、ここでも2012年の選挙でオランド氏が勝つと、一転して2025年までに50%に減らすとしている。
・さらに脱原発を決定したドイツ。この国は、2002年に20年後に脱原発を決定していたがその後軌道修正、そこへフクシマの事故が元の方針に引き戻したという構図である。この議論の叩き台となった倫理委員会の報告書が注目される。
「地震や津波への抵抗力があるとの思い込みを前提にリスク評価していたことがフクシマの事故によって白日の下にさらされた。」
・また、石油危機をきっかけに総発電量の2割が風力発電となったデンマークの取り組み。なんとこの国では、2030年までに再生可能エネルギーだけで90%を超える見込みという。

単純にはいえないが、欧州各国の動きをみると、脱原発と再生可能エネルギーシフトが視野に入ってきているのはほぼ間違いないことを感じる。
混迷を続ける日本のエネルギー政策と対比すると、そこには大きな隔たりがある。

「脱資本主義宣言」鶴見済著 新潮社2012/08/17 11:18

テレビをつければ、おびただしいほどの広告が流れ、新聞を読めば紙面の半分が広告で埋まり、携帯電話やパソコンなど新商品の買い替えサイクルは著しい。
国は景気対策として家電や車に補助金までつけて、販売させようとする。
その一方で、本来は交換のための手段であったマネーが、果てしない増殖を続けている。
資源は浪費され、大気や河川、海まで汚染され、ゴミの処理に莫大な費用をかけている。

これら、資本主義による弊害がいたるところに生じていることを感じる。 本書はまさに、日々われわれが感じていることを浮き彫りにし、形にしたものである。

すなわち
・意図的に流行が作り出される服飾産業とアラル海に代表される綿花栽培地域の環境汚染。
・ペットボトルに代表される使い捨て容器の普及とゴミの輸出。
・コーヒー、ジーンズ、スポーツシューズ、アルミ缶と植民地的な搾取工場。
・なかでも、GMが車を売るためにロスアンゼルスを始めとした全米45もの都市で鉄道会社を買収し、赤字経営を理由に次々と鉄道網を廃止し、自動車中心の都市構造に変えていってしまったという事実に、世界一の道路密度となってしまった日本が重なる。
・そして、世界一の自販機大国となった日本。全国の自販機の電力消費量は原発1基分に迫るともいう。

 今この日本や世界を覆う閉塞感を冷静に見つめて、資本主義の本質を見抜き、違う生き方を模索するためのヒントがここにある。

私も著者と同様、新商品と称して旧製品を陳腐化させ、数年おきに消費をあおる今の社会に疑問を感じ、必要最小限のもの以外は買わないという生き方を始めている。  こういう生き方をすると、この資本主義の本質が見えてくるから不思議である。

「タックスヘイブンの闇」ニコラス・ジャクソン著 朝日新聞出版2012/08/17 11:34

ロンドンオリンピックが終わった一方で、LIBOR問題は一向に収まる気配はない。
本書は、タックスヘイブンとされる地域がいかにしてつくられたのか、いま世界でどのような位置づけにあるのか、今後どうするべきなのかまで分析と提言を行った力作である。

多くの取材を通じて、その一端が明かされる裏の世界は、まさに資本主義の負の側面が端的にみられる。

それにしても、タックスヘイブンについてわれわれが常識的に考えていたものとはずいぶん様相が異なることに驚かされる。

まずは、永世中立国として名高いスイス。もちろん大国のはざまにあった立地からその道を選んだということもあるが、一方でその秘匿性から租税回避地としての役割も持っている。第二次世界大戦ではナチから逃げてきた多くのユダヤ人を追い返し、ヒトラーほかドイツ企業の資金を受け入れていたという。

そして、一番の租税回避地はニューヨーク、二番目がシティというから唖然とする。
なかでも、ポンド危機を救うために誕生したユーロダラーがビッグバンの源流となり、その成功を横目でみながら、アメリカ自身も自国の中で抜け道をつくっていった話などは、マネーがマネーを生む金融資本主義をこの両国がいかに作り上げていったのかよくわかる。

もはや、資本主義は行き着くところまで行ってしまった。

「なぜ1%が金持ちで、99%が貧乏になるのか?」ピーター・ストーカー著 作品社2012/08/26 09:13

本書の内容はむしろ、副題の「グローバル金融批判入門」の方がその内容をよく表している。
金融経済の入門書にもなっている。

お金の成り立ちから始まり、銀行業の始まり、そして中央銀行の創設から、戦後のブレトンウッズ体制とその行き詰まり、そしてデリバティブやヘッジファンド、タックスヘイブン、為替取引の投機化に至るまで、素人にも非常にわかりやすく解説してある。

中でも特に興味深いのは、IMFと世界銀行の近年の役割低下の指摘である。
アジア危機での失敗を背景に、各国はその支援を受けようとはしない。
ともに巨額の赤字を抱え、ワシントン・コンセンサスはかすむばかりである。

そして、最終章における提言内容は具体的でかつわかりやすい。
~銀行が預金から作り出されるお金はその預金の10倍にもなるが、この特権を廃し、中央銀行の通貨発行特権に限定する。
~銀行の機能を、以前の「組成・保有型モデル」に戻す。
~投資銀行と小口取引銀行を分離する。
~デリバティブは金融当局の許諾を受けたものだけに限定する。
~通貨取引に課税を行う。(トービン税)
~タックスヘイブンを閉鎖する。

暴走するマネーを本来の役割に引き戻そうとするその考えに、これからの世界経済への処方せんをみる。
ますます混迷を深める世界金融の世界に一石を投じた本である。

「Gゼロ後の世界」イアン・ブレマー著 日本経済新聞出版社2012/08/26 22:11

シリアが内戦状態に入って、犠牲者が増え続けている。ところが国際社会は、何の手立ても打つことはできずただ傍観しているだけである。
 同様に、地球温暖化問題への対応が象徴するように、ここ最近の国際社会は、何も決めることができない場面が多くなっている。
 著者はこうした現象を「Gゼロ」の世界と名付け、世界がここに至った背景を詳細に分析している。

すなわち、第二次世界大戦後ヨーロッパとアジアが荒廃していた中で新たな超大国としてアメリカがG1として登場した。
そして、ワシントン・コンセンサスに象徴される米国中心のブレトンウッズ体制とIMF世界銀行による西側世界の復興。
そこへ襲った石油危機に対応しようとして始まったサミットにより創設されたG7体制の始まり。
そして東西冷戦の終結をきっかけに、先進国の停滞と新興国の躍進が進み、機能しなくなったG7に代わり世界金融危機後に始まったG20。
と概観したものの、G20では共通する経済的背景がないため、議論がまとまっていないと酷評する。

また、本書の中で日本に触れられた部分も多数ある。
破壊しつくされた廃墟の中からの奇跡的な復興と驚異的な経済成長。
バブル後の経済的な停滞と毎年のように交代する首相。
そして、東日本大震災からの復興という課題に比べて解決の糸口さえみられない経済停滞。
日本も内向きを強めようとする先進国のひとつとしているが、一方で増大する米中の影響のみられるアジア各国の通商や安全保障上の役割を担う立場にあるともして日本に一定の役割を期待している。

どうやら、各国が内向き志向を強める中で、世界は新たな国際関係を模索する時代に入った。
残念ながら、今のところその先に光は見えない。