「ハッパノミクス」トム・ウェインライト著 みすず書房2018/03/12 08:21

本書は副題にあるとおり、麻薬カルテルについて実際に現場を歩きつつ経済学的に分析した本である。テーマもユニークだし、経済学からのアプローチの仕方もユニークで非常に興味深い。それとともに現場の取材を踏まえて説得力のある著作に仕上がっている。

まずは、カルテルの事例。
エルサルバドルの麻薬ギャングは二つのグループが存在しているが、この両者が「手打ち」をすることによって、麻薬の値段やみかじめ料を安く設定でき、抗争によって被るコストを最小限に抑えることに成功した。と同時に殺人発生率はそれまでの3分の1に減少したという。麻薬カルテルである。

それから、人材教育。
意外なことに刑務所が、犯罪組織にとって、人材の獲得や訓練の重要な拠点になっているという。資金洗浄、殺し屋、密輸などの新たなネットワークが作り出され、囚人は犯罪集団に雇われ、訓練を受け、出所後の仕事を約束される。
ほかにも、麻薬組織は同じ民族同士すなわち人種や文化的背景を共通とする人々だけで組織を作っているがこれは文化的な調和というよりも脅迫が効くことと関係が深いという。
また、麻薬販売組織は、組織内のミスに対しては驚くほど寛容で、その理由は今ある限られた人脈を維持する必要があるからという。

さらに広告戦略。
メキシコの麻薬カルテルは一般企業並みに広告を打ち、オンラインメディアを掌握し、ジャーナリスト達を脅迫することで一般市民に自分たちの姿がなるべくよく映るように工夫してきたという。

また面白いことに、世界経済フォーラムが発表する世界競争力レポートの数字を逆に読むと麻薬カルテルの次の進出先を読み解く重要なヒントが隠されているという。つまり賄賂の蔓延、裁判官の腐敗、警察の信頼度などの低い国が、彼らの格好のターゲットになるというわけである。

そしてフランチャイズ。
最近の麻薬カルテルは、フランチャイズ戦略も活用し勢力を拡大している。オンラインショッピングもイーベイをモデルにしたフィードバックシステムまで備えている。

以上の各種の取材と分析を踏まえて、最終章で、経済学的な立場からの麻薬対策を披露している。
注目されるのは1と2である。
1 供給面へのこだわり。〜本書で取材しているとおり、現在の麻薬対策は栽培地域への取り締まりを主体に行われているが、いたちごっこが続いており価格面でもほとんど影響はない。麻薬の価格弾力性が低いことにその原因があり、むしろ、需要面をターゲットにするべきであるというのが著者の主張である。
2 長期的なコストよりも目先の節約の優先。〜政府は犯罪の予防ではなく取り締まりに力を入れている。このため囚人、麻薬常習者、犯罪者予備軍などへの支出を削減する傾向にある。しかし、長期的に見れば余計に高くついている。高額な対策より安上がりな早期への予防例えば麻薬中毒者向けの治療プログラムなどへの財源の転換が得策であるとする。

そして最も特徴的なのは、近年の合法化の動きである。本書で例示されているのは、スイス、オランダ、イギリスなどの一部のヨーロッパ諸国において、ヘロインを限定的に合法化し、専門の医師が麻薬中毒患者にヘロインを無料処方することが認められている。これによりヘビーユーザーが大幅に減少しているという。

現場を歩き、経済学的な立場から分析して、具体的に提言している本書は非常に説得力が高い。加えて、麻薬ビジネスと一般のビジネスとが類似している点も多く、興味深く読めた。
経済学や経営学を学んでいるものにとっても、非常に参考になる書籍である。