「アダム・スミス」堂目卓生著(中公新書)2009/01/04 11:17

ここのところ進行している世界同時不況の中、市場原理主義と呼ばれる考え方に対する風当たりは尋常ではない。

この市場原理主義をたどれば、アダム・スミスであり、われわれから見れば「見えざる手」を主張した自由放任主義の古典派経済学の創始者という印象である。
 ところが、本書によれば、まるで異なる姿が見えてくる。

本書は、スミスの著作「道徳感情論」と「国富論」について、当時の社会的背景を描きながら、解説している。
 ここにあるスミスは、意外なほど禁欲的である。「富や地位や名誉は求められてよい。個人が富や地位や名誉を求めることによって社会は繁栄する。しかし、富や地位は手近にある幸福の手段を犠牲にしてまで追求される価値はない。多くの人間が陥る不幸は真の幸福を実現するための手段が手近にあることを忘れ、遠くにある富や地位や名誉に心を奪われ、時として社会の平和を乱すことにある。」とある。

現代の混乱しつつある世界経済において、このスミスの著した書物は、再び輝きを取り戻しつつあるのではないか。
 本書は、そういう役割を十分に果たしたといっていい。

「さらば財務省」高橋洋一著(講談社)2009/01/10 14:13

進む世界同時不況の中で、この国の政治は立ち止まっているように見える。郵政改革を旗印に大勝した小泉政権が遙か昔のことのように感じる。

本書は、著者が主として小泉政権の裏方でブレーンとして活動してきた当時の記録である。
 東大理学部数学科から大蔵省のキャリアとなった経歴を持ちながら、なぜか財務省を敵に回しながら、道路公団は債務超過ではないと分析したり、短期間ではできるわけがないと言われた郵政民営化のシステム開発を陣頭指揮したりと、様々な難題に取り組んでいく課程は読み物としてはおもしろい。

やや正統ではない経歴からか、キャリアでありながら財務省を敵に回している姿は、孤軍奮闘にも思えるが、当時の政権をバックにしたからできたことであろう。

小泉政権当時の緊迫感がよく伝わってくる。

「『歳出の無駄』の研究」井堀利宏著(日本経済新聞出版社)2009/01/11 20:04

今、教育の現場では、教育予算の削減と少人数教育への対応のため非常勤講師の割合が年々増加しており、広島では既に3分の1を占めているという。また、医療の現場でも、救急病院の診療拒否の問題が連日のように報道されている。
 様々な要因があるにせよ、歳出の削減による弊害が至る所に現れつつあるような気がする。

本書は、日本の財政問題に鋭い警告を発し続けている井堀氏の最新作である。表題のとおり、最近よく耳にする「増税よりもまずは歳出の無駄を徹底的になくす」という議論に、実際にそのような無駄があるのか詳細に検証している。

本書では、特別会計の無駄、公務員の給与や教育・医療などの人件費の無駄、公共事業の無駄、補助金の無駄など詳細に分析し、それぞれどのくらいの削減が可能かを試算している。

 なかでも、ひところ話題になった「埋蔵金」論争については、特別会計の埋蔵金で一般会計を補填しても、両方の総和で考えれば、実態は何ら変わらないものであるとして切り捨てている。

著者は、誰が見ても明らかな無駄として「絶対的な無駄」と多少は有益であってもそれを上回る費用がかかるために無駄である「相対的な無駄」があるといい、絶対的な無駄については、典型的な例は会計検査院の指摘する無駄であるが、その割合は0.1%以下にしか過ぎないという。

 したがって、「相対的な無駄」である痛みを伴う既得権益(利益団体、税負担増を免れる中高年世代など)に切り込まなければ歳出の削減はできないが、無駄にもそれぞれメリットがあるために、その削減は容易ではないとしている。著者が言う最も大きな無駄は年金である。

本書で秀逸なのは、第7章「無駄を削減する方法」における著者の提言である。

 まず、歳出に無駄が多い究極の原因は選挙制度の欠陥であり、特に年金や医療制度に世代間の大きな不公平が生じており、年齢別の小選挙区制の創設を提案している。また、選挙区の区割りも地域割りではなく機械的に毎年区割りをする方法も述べている。

 その他いろいろな方法を提案しているが、ユニークなのは自らの納税額に応じて歳出の使い道を拘束できる納税者投票制度である。国民が、自らの支出をコストとして意識することで、無駄がなくなるという提言は最も効果がありそうである。

「貧困のない世界を創る」ムハマド・ユヌス著(早川書房)2009/01/18 15:04

2006年ノーベル平和賞を受賞したマイクロクレジットのグラミン銀行創設者ムハマド・ユヌスの最新作。

初めてこの人の本を読んだが、志の高さと、行動力そして新たな経済システムとも言うべき「ソーシャル・ビジネス」の提案など、その思想に感服した。
 なんといっても、今の多くの資源を消費することを美徳とする資本主義が行き詰まっている今、このような考え方が持続可能な新たな世界の構築に役立っていくのではないかと期待させられる。

彼はバングラデシュから貧困をなくすために開始したマイクロクレジットだけではなく、医療から教育、携帯電話などなど様々な事業(ソーシャルビジネス)を行っている。
 それらの中で、本書では開始して間もないフランスのダノンとの合弁事業の展開が詳しく述べられている。この過程で今までのダノンにはない、太陽電池パネルを備え水処理システムなどを備えた環境対応型で多くの地域に雇用を創出する小さな工場の建設提案や、トウモロコシを原料とした生分解プラスチックの容器への使用など新たな試みがいくつも出てくる。素晴らしいのは、この事業の目的が、貧しい人たちの栄養状態の改善と彼らへ職を提供することにより貧困を減少させること、そしてそこから得られる利益は投資家には還元されないというものである。

彼は、経済のグローバル化は否定はしていない。むしろアプローチの仕方によっては貧しい国々を助ける力になると述べている。しかし、その負の側面に対しては適切な監視やガイドラインの必要性を訴える。

彼の描く未来は明るい。第三部の「貧困のない世界」にその夢は述べられている。先進国からではなく、最貧国とも呼ばれたバングラデシュからこのような人物が出てくることに、新たな未来を感じた。

「ソフト・パワー」ジョセフ・S・ナイ著(日本経済新聞社)2009/01/25 08:31

オバマ政権の駐日大使に、本書の著者であるナイ氏が就任することとなった。
 新聞報道によれば、オバマ政権の日本重視の姿勢が明確になったとある。
 また、国務長官となったクリントン氏は、ソフト・パワーとハードパワーを結びつけた「スマートパワー」を外交方針としているという。

ではこの「ソフト・パワー」とはなにかを知りたくて、本書をひもといた。
 「ソフト・パワー」とは、国の文化、政治的な価値観、政策の魅力であり、これらによって望む結果を得る能力であるという。

本書は、イラク戦争に勝利したものの、ますます混迷を深め世界中で反米感情が高まっている中、国の文化や政策の魅力によって引きつける「ソフト・パワー」が重要であるとして2004年に出版された本である。

ブッシュ政権時代に顕著に見られた一国単独主義や、世界最大の軍事力を背景としたハードパワーによって限界を露呈したアメリカ。
 著者は、これからの国際社会においては多国間で協議をし協調していくことを提言している。
 これからのオバマ政権に期待したい。

「すべての経済はバブルに通じる」小幡績著(光文社新書)2009/01/26 22:46

最近の世界同時不況の局面において、鋭いコメントを発し続けている小幡氏の著作である。
 彼は、東大経済学部を首席で卒業し大蔵省入省という定番のコース後に退職し、ハーバード大学経済学博士を取得したという輝かしい経歴の持ち主である。

そういう著者によると、資本主義の本質は、「ネズミ講」であるという。銀行預金に利息が付いたり、投資に配当があるのもすべては、ネズミ講であり、いつかは破綻する必然にあるというのである。
 それが、今まさに進行しつつある世界同時不況(恐慌)である。

また、著者によれば、サブプライムの本質は、リスクを極小化するための必然であったという。借り手は、住宅価格が値上がり続ける限り損をすることはない。貸し手は、すぐに証券化して売却することにより、ノーリスクとなる。不動産価格が値上がりし続ける限り、問題はない。ではこのリスクを誰が取るのか。高い利回りを保証された証券を購入した投資家である。このように、リスクを取るところが高い利回りを得ることを「リスクテイクバブル」という。
 それでは、なぜリスクの高いサブプライム証券を、プロであるファンドが殺到して購入していたのであろうか。その答えは、「資本と頭脳の分離」すなわち、投資家から運用を委託されたファンドが高い利回りを出し続けなければならない宿命である。
 その過程で、資本量が増大し続け、最終的には転売を狙わない保守的な年金基金などまでが手を出すようになり、行き着くところまで行ってしまって、崩壊したというのが真相であるという。

資本主義の起源から、そこにもともと潜んでいた問題から、今世界で起こりつつある破綻は必然であるとする著者の指摘は重い。

ただあえて言えば、これからの経済学の方向性やあり方まで指し示してあれば、本書の分析はより深いものになったのではないだろうか。