「日本の聖域」 選択編集部 新潮社2010/07/04 21:35

本書は「選択」という雑誌に連載された記事を加筆修正したものである。
 この国にある組織内部の者から見て「聖域」とされている組織の実態が明らかにされ、興味深い。

その多くは、やはりというべきか役所ないしはその関連機関の多く俎上に上がっている。
 なかでも、医療に関する項目が多いことに、この分野での利権の大きさとゆがんだ構造に考えさせられる。

また、先日の事業仕分けで話題となった交通安全協会の「交通の教則」や、いま不祥事の真っ最中の日本相撲協会にも切り込んでおり、本書の取材能力の高さを感じさせる。

今後とも、このような切り口で、無駄や利権の温床にメスを入れていくことに期待したい。

「日本文明圏の覚醒」古田博司著 筑摩書房2010/07/05 21:58

古今東西の文献を串ざしするように飛び回り、この国を見つめ直す機会を与えてくれるエッセイ。
 文学から政治学、歴史から社会学、経済学、科学など様々な分野への著者の造詣の深さと思考力の高さ、文章力と語彙の豊富さにはただただ恐れ入るばかりである。
 加えて、痴呆となった親やフリーターとなった息子についても触れるなど、飾らない人物でもある。

著者独特の切り口から日本という国を文化的成り立ちからよく見つめている。
 古事記は女文化、日本書紀は男文化とし、日本の源流は古事記に求めている。
 諸橋漢和大辞典の中身は実は何世紀にもわたる中国の文献からのごちゃ混ぜの寄せ集めであるという話。アメノウズメノミコトの天ノ岩戸の踊りの秘密。など実にユニークである。

社会科学や人文科学で使われる「科学」という用語には疑問を呈し、本家の自然科学もすでに行き詰まっているとしているのは、先日読んだ書物と同一の言であり興味深い。
 ただ一方で、現代は普遍や真理といったものが雲散霧消し、だれもが自由にものがいえる時代と著者はむしろ前向きにとらえている。

さらに因果律すなわち原因があり結果があるという考え方そのものに疑問を呈し、歴史とは事実の羅列でしかないという。ここに著者の主張のひとつが込められている。
 衝撃的である。
 とかく、われわれは事象を「なぜか。」と考える癖がついているが、今一度考え直すときかもしれない。

また、中国や韓国とは異質の国日本をこれでもかというくらいに見せつけてくれる。
 特に著者は韓国で教鞭を執っていたこともあり、過去からの歴史に詳しく、かの国の本質を実によく見極めている。
 したがって、アジア共同体構想は幻想に過ぎないことをよく分析している。

ハンチントンとも異なる立ち位置から、この国の独自性と強み弱みを見事に分析し、今の行き過ぎた悲観論と中国韓国への羨望への強烈なアンチテーゼとなっており、新鮮である。

そして、最後に記された「歴史は過去の反復ではない」という言葉に深い意味が込められている。

「〈私〉時代のデモクラシー」宇野重規著 岩波新書2010/07/10 09:55

本書はトクヴィルという19世紀フランスの思想家の著作を縦糸に、混迷する現代日本の社会を読み解いていくスタイルをとっている。

文章は平易であるが、じっくり読まなければ著者の意図が見えてこない深い内容の本である。

かつて、階層化し社会が機能していた時代であれば、自分の立ち位置が明確であったが、グローバル化し、自分の社会における水準がより顕在化してきた現在、不平等感が先鋭化し、それが砂山のようにその場その場で変化してしまう個人に行き着くとしている。
 本来我々一人一人では解決できいないことを解決していくのがデモクラシーであるが、今このデモクラシーが危機に瀕している。
 また、20世紀的社会科学の崩壊と、デモクラシーの危機は機を一にしている。
 確かにかつてのような対立軸が見えなくなっている今、政治の貧困は著しい。

そこで著者は主張する。
 <私>をより一層明確にしなさい。<私>とは他者がいてこそその存在が明らかになる相対的なものであり、社会とのかかわりがポイントになる。
 平等になればなるほど自分と他者との違いが見えてくるが、逆に社会の平等化が進展する、と現状をむしろ前向きにとらえている。
 そして、自分と異なるものとの批判と変革を通じて得られるものこそデモクラシーとし、社会自体に希望が見えてくるとしている。

「希望学」を提唱する著者らしい締めくくりである。

「共感の時代へ」フランス・ドゥ・ヴァール著 紀伊国屋書店2010/07/17 17:50

動物行動学者である著者が、様々な動物の行動様式から、意外なことに人間だけの特権であると思われていた、他者を助けたり、同情したりといった「利他行動」をいくつもの事例で示してくれる。
 それだけでなく、エンロン事件、ハリケーンカトリーナや金融システム破綻までも概観するなど、現代社会における人間の行動までも触れており、著者の幅の広さが感じ取れる著作である。

ここで特に興味深いのは、公平性の観察である。
 たとえば、すべてのサルへキュウリを与えたときとあるサルにはキュウリ別のサルにブドウを与え田時を比較すると、キュウリを受け取らなくなるという。
 他人が自分よりいいものを受け取ると不公平感を感じるというのは人間だけではないのである。
 さらには、報酬を得るための努力が大きいほど他者の報酬との関係を敏感に感じるという実験結果もある。

というように、人間だけではなく、動物にも見られる共感や公平観をいくつも示したうえで、アダムスミスの道徳感情論を引きつつ、2008年の金融危機を観察しながら、人類の未来に対して楽観的である。
 すなわち、われわれの生まれながらの能力である「他者とつながりを持ち、他者を理解し、相手の立場に立つ」力を発揮できるという著者の指摘は、我々に強いメッセージを与えてくれる。

著者が観察している「共感と公平観」、これこそまさに混迷を深める現代社会に必要とされているキーワードである。

「ウェットな資本主義」鎌田實著 日経プレミアシリーズ2010/07/18 13:24

「がんばらない」で有名な鎌田先生による混迷を深めるこの国の経済への処方箋である。

国家の構造を上半身と下半身に分け、上半身を世界と競争できる産業を育てることとし、下半身を福祉や医療、教育と定義している。
 上半身のためには競争が必要であるとし、あえて金融資本主義を否定しない。一方で、上半身を支えるためには“あったかな”下半身を作るのが大切と説く。

経済に関する議論は多くがここ最近の新聞や雑誌などで議論された論点が多く、特筆すべきものは少ない。

 一方、著者の専門である医療への提言が最も興味深い。長らく続いた医療費抑制政策で世界でもっとも医療費の安い国のひとつになったものの、病院や医療機メーカーや製薬企業などが疲弊しているとし、医療の充実のために医療費の増加を提言している。

本書にはいくつもの“元気であったかな”企業や自治体などの事例が登場する。良くぞここまでと思わせるほど著者の情報収集力はかなりのものがある。

さらには、著者の現在に至る努力には敬服する。育ちは貧しいながら、父の反対を押し切って大学に進学し、18歳から今に至るまで朝4時半起床を続け、経済や金融についても学んだという。赤字の公立病院を建て直しただけでも、計り知れない苦労があったものと思われるが、経済についてもかなり造詣が深い。相当の人物であると推察される。

このような、血の通った国づくりへの提言は、この国にとって心強い。

「激安のからくり」金子哲雄著 中公新書2010/07/19 21:49

ジーンズやハンバーガー、スーツ、パソコンなどここのところよく話題に上がる「激安」商法に注目して、わかりやすく解説している。

その内容には特に目新しいものはないものの、ところどころにある著者のコラムやコメントが興味深い。
 たとえば、「かつて、百貨店はおめかししていくところであった。おめかししていくという感覚を消費者に与えなければ、百貨店の再生はあり得ない。」「8対2の法則をとことんやりすぎたのがイトーヨーカドーである。あまりに合理的すぎるために、消費者は『選択の楽しみ』がなくなってしまった。」「総合スーパーも、『ラグジュアリー』や『アメニティー』志向の結果、固定費を高めてしまい、安売り体質が失われていった。」

そして、「激安商品が世の中に出回っている背景には、『取引先いじめ』がある。商品を生産した人たちが、生活をできるような適正な価格で買い取ろうという『フェアトレード』運動がこれからの一つのカギとなる。」
 さらに、消費者主権を打ち立てた中内功などへの評価をしている一方で、「激安」商品の増加による失業者の増大への懸念も表明している。
 著者の意図がかすかにかいま見える。

「華麗なる交易」ウイリアム・バーンスタイン著 日本経済新聞出版社2010/07/25 23:14

本書は、交易という観点から人類の歴史をたどりつつ、いかにわれわれを豊かにしてきたのかをたどる壮大な物語である。
 貿易という視点で歴史を眺めると、また新たな世界が見えてくる。

  なかでも、大航海時代のポルトガル、オランダそしてイギリスの領土やスパイスや絹織物そして砂糖など産物をめぐる争いが生き生きと描かれている。
 それぞれ私利私欲のために開発や交易がなされてきたのに、それが結果的には世界中を豊かにしてきたことがよくわかる。

また、アダム・スミスやリカードが生きていた当時の様子から、彼らが生み出した書物の時代的背景が明らかになる。

本書の主題とは異なるが、ポルトガルやオランダが東南アジアや中国で行ってきた海賊以上の略奪と殺戮行為をみると、この国における鉄砲伝来とか長崎出島など彼らへの印象との落差の大きさを感じる。当時から日本は、外国との交渉に当たってうまく対処してきたのかもしれない。

それにしても、保護貿易と自由貿易の主張の対立は現代に至るまで、相変わらず続いていることが、不思議でならない。
 たとえば、イギリスの綿貿易への反対運動と保護貿易主義者の言い分。どこか、この国の市場原理主義批判に相通じる。
 本書の最後に著者は言う。「シュメールからシアトルに至る貿易の長い旅をへてもなお人類が進歩していないことは疑いようがない」

「メタボの常識非常識」田中秀一著 ブルーバックス2010/07/29 22:27

本書は、日本におけるメタボ検診や健康診断の検査項目への疑問点を、一つ一つ科学的に検証している。

まず、腹囲の基準への疑問。欧米に比べて厳しすぎる基準や男性の方が女性よりも厳しすぎるウエストサイズへの疑問を提示している、そもそも腹囲を診断基準としているのは日本だけのようである。加えて、BMIで標準体重とされる値(22)よりも多少太りぎみ(23以上27未満)のほうが死亡率が低いともいう。さらに、若い頃に標準体重であっても中高年になって体重が増加した方が、ほとんど体重に変化がない人よりも健康だともいう。

また、コレステロールの基準値も低すぎると指摘している。すなわち、正常値の上限が220と定められているが、240~260という少し高めの方が死亡率が最も低く、むしろコレステロール値の低い方が死亡率が高く問題だという。

むしろ問題は、最近の日本人はやせが増加し2005年の統計で平均摂取カロリーが1900キロカロリーであり、これはなんと戦後間もない頃の水準と同じだという。
 メタボばかりを問題視するのではなく、やせに照準を合わせた健康管理も考えていくべき時ではないかと感じる。

本書で圧巻なのは、最終章で日本で普通に行われている健康診断の項目への疑問である。
 2005年に厚労省の研究班が有用だとしているのは、わずか9項目。それなのになぜ、この国では時間と費用をかけて健康診断を実施しているのかわからなくなってくる。

本書ではその理由をを断定的には述べていないが、一つの要因としては、製薬業界と医師との共犯の可能性を指摘している。

世界でも有数の長寿国になったことの一つとしての功績は認めなくてはいけないが、長寿化とともに増大する医療費を考えたとき、本書が過剰な基準を見直す一つのきっかけになってほしい。

「単身急増社会の衝撃」藤森克彦著 日本経済新聞社2010/07/31 19:14

本書の主たるテーマは単身高齢世帯の増加とその対策である。
 前半は、我が国における単身世帯の増加の実態と貧困、介護、社会的孤立という切り口で統計的に、詳細な分析がなされている。
 一方後半では、前半の実態を踏まえてこの国が抱える問題への様々な提言が盛り込まれており、長期的な視野に立った具体策の数々は実に説得力がある。

たとえば、格差社会と非正規雇用問題。同一賃金同一労働は早期には実現困難とし、最低賃金制度の問題も指摘し給付付き税額控除を提言している。
 また、増加する単身高齢者問題については、高齢者向け住宅の整備をすすめながら住み替え支援制度の活用を紹介。
 さらに、社会とのつながりが希薄になっている高齢単身者の増加を課題とし、行政やNPO、ボランティアによる場の提供を事例を挙げている。
 そして、社会保障充実のための財源確保が必要とし、ユーロ加盟時のイタリアの取材体験を例に、国民的議論をすべきときとして、この国の国際的に低い国民負担率を示し、企業減税と事業主の社会保険料負担のアップ、低所得者への配慮をした消費税を提言している。

本書の結びで、このような本を書いたきっかけが種明かしされる。著者の父の遠距離介護の体験である。
 よく日本は「低負担中福祉」といわれるが、著者は、世界の現状からみてもこの国は「超低負担低福祉」であると断定している。

積み上がる負債の中、着実に高齢化社会は進んでいく。
 もはや、家族に介護の負担を負わせるべきでない。
 ひとりひとりが安心して暮らしていけるようにするためにも、早期に、本書の様々な提言を現実のものとして欲しいと願う。