「資本の謎」デヴィッド・ハーヴェイ著 作品社2012/06/06 02:55

2008年世界金融危機を踏まえて、反資本主義の立場から、資本主義に潜む欠陥を考察した著作。

著者は、マルクスの資本論をベースに、資本主義の多くの問題点を指摘する。
すなわち、資本主義は資本を増殖することを常に志向していることから、人口増加をベースにおいている。
それが、壁にぶち当たったとき、恐慌という荒療治によって、リセットされる。

  サブプライムから始まった世界金融危機も、ケインズ的政策によって乗り越えたかにみられたものの、今再びユーロ危機によって、難局にさしかかりつつある。

そこで、著者は資本主義ではない持続可能な経済モデルを提起する。 数年おきに繰り返される金融危機、資源の浪費、格差の拡大、国家債務危機など多くの問題点が噴出している今、新たな経済モデルへの模索を提起する本書の意味は重い。

いくつか興味深い記述がある。
「資本主義経済における貨幣に対する人間の過度の欲望の一方で、非資本主義社会では自分の蓄えた財産を他の人に分け与える儀式がみられる。」
「資本主義は、周期的恐慌の歴史が示すとおり、暴力的修正なしにはすまない。」
「恐慌は、不可避であるだけではなくむしろ必要でもある。すなわち、これが均衡を回復させ、資本蓄積の矛盾を一時的に解決する唯一の方法だからである。」
「厄介なのは富と権力をめぐる国家間競争であり競争のための権力ブロックが形成されていることである。」

残念ながら、著者のいう資本主義そのものの克服という課題への道筋は明確には示されてはいない。
いくつかのヒントをもとに読者に委ねられている。

「探求」ダニエル・ヤーキン著 日本経済新聞出版社2012/06/10 17:14

石油に始まる近代文明が寄って立っているエネルギーへの飽くなき「探求」の過程を、丁寧にかつ客観的に分析し、持続可能性に大きな問題を抱えている世界へ一石を投じた本。
大作であるが、一貫して客観的な立場から歴史と事象を踏まえて書かれており、エネルギーをめぐる人類史が概観できる。
福島第一原発事故を踏まえての世界の電力の行方や、スマートグリッドをめぐる動き、電気自動車の開発など最新の話題も網羅されている。 特に、原発再稼働問題を抱える日本にとって、シェールガス革命や、再生可能エネルギー、効率や節約といった第五の燃料という考え方など示唆に富むところが数多くある。

今日本で最大の問題といっていい電力問題では、カリフォルニアの規制緩和とこれによる電力危機が大いに参考になる。卸売市場と小売市場が切り離された結果、もたらされたのは事前通告無しの頻繁な停電という事態である。

また、世界のエネルギーの80%以上が未だに化石燃料を燃やすことによってもたらされていることに著者は危惧を抱いている。

本書の中では、日本に触れられているところも数多い。
先駆的な気候モデリングにより、CO2の排出が地球温暖化に影響を与えていると予測した眞鍋淑郎。
石油ショックをきっかけにサンシャイン計画という新政策の責任者となり、再生可能エネルギー推進のきっかけとなったNEDOの発足にも関わった堺屋太一。
「もったいない」という言葉を世界に広めた川口順子。
そして、ハイブリッド車を開発したトヨタや量産型電気自動車を発売した日産などなど。

これら省エネという分野では世界の最先端を行く日本に光が当てられていることに誇りを覚えるとともに、これからのこの国の道筋も見えたような気がした。

「つながりすぎた世界」ウィリアム・H・ダビドウ著 ダイヤモンド社2012/06/12 18:07

シリコンバレーの創成期にスタンフォード大学で電気工学を学びインテルに籍を置いたこともあるベンチャーキャピタリストである著者が、現代社会はインターネットに象徴される「正のフィードバック」からなる過剰結合とによって不安定さを増しているという独自の視点から見つめた著作。

本書で一貫している「正のフィードバック」という著者独特の考え方が興味深い。
すなわち、「高度につながった大規模なシステムは特定の状況下になると必ず不安定になる」という数学者ウィグナーの論文をベースに、「規模が大きく複雑でダイナミックなシステムはある臨界値までは安定していたとしても更に結合度合いが高まると突如として不安定になる。」という人工頭脳学者アシュピーの補足を踏まえて、さらに一般化したものである。
ここでいう「正のフィードバック」とは、「ある変化がさらなる変化を生み出す」というものであり、結果の望ましさは関係がない。
さらに著者のこの考え方を補強したのが、チャールズ・ペローであり、彼は「非常に複雑で高度に結合したシステムでは事故が発生するのは当然であり不可避だ。そればかりか、安全性を高めるほどに事故が起きる蓋然性を高めてしまう。」とする。それを裏付けるため、原子力発電所のメルトダウン、化学工場の爆発、船の衝突など様々な災害を検証しているという。

ブラックマンデー、インターネットバブル、そして2008年世界金融危機への過程は、すべてこの過剰結合からもたらされたものであるとし、特にアイスランドという人口わずか30万人の小国が、世界中から金をかき集めて突如崩壊していった様が生々しく描かれる。

さらに、生産の海外移転の加速、新聞や旅行代理店・音楽産業の苦境、個人情報の流出、思考感染の増加、リアル店舗の減少など、「正のフィードバック」の負の弊害が噴出し、先進国では中流層の生活水準が低下し、金融システムが肥大化し、自由貿易、企業の市場独占など、すべてが極端な方向に突き進んでいるという著者の指摘は重い。

「小商いのすすめ」平川克美著 ミシマ社2012/06/16 08:41

ビジネス書のような表題であるが、中身は全く異なる。むしろ、副題「経済成長から縮小均衡の時代へ」の方がその内容をよく表している。
それは、前著「移行期的混乱」で、人口減少を背景にした対策は経済成長ではなく経済成長なしでもやっていける社会を構築することだ。」とした考え方を一歩すすめ、3.11をきっかけに、長期的な価値観や生活感の変化が一気にやってくるとの考えである。
すなわち、この不思議な表題は、ヒューマンスケールを超えてしまって突き進み行き着いてしまったグローバル資本主義が崩壊した後の社会を表現したものである。

最終章で、「現代のビジネスモデルは時間軸を無視した短期的な無時間モデル」とし、「時間軸を長めにとってみれば身の回りの小さな問題を自らの責任において引き受けることができ、これがこの苦境を乗り越える大一歩になる。」とする。

いまだに、「成長」という言葉がまるですべてを解決してくれるような錯覚に我々は陥っている。
新たな、身の丈にあったライフスタイルに、そろそろ立ち返る時であると感じた。

「北朝鮮のリアル」チョ・ユニョン著 東洋経済新報社2012/06/16 08:51

本書は、韓国人である著者がKBS放送の脱北者へのインタビューをきっかけに、関わりを持つことになった脱北者支援から得られた情報を元に、今の北朝鮮の実像を描いたものである。

本書を通じて見えてくる北朝鮮の人々は、意外なほどたくましく生活し、徐々に市場社会の波が押し寄せつつあるという姿がみえてくる。
特に、北朝鮮女性が家計を支えているという視点が新鮮である。

また、2009年の貨幣改革をきっかけに、貧富の格差が広がり、政府への反感も芽生えつつあるという。

今のところ、金正恩氏の体制は揺らぎがないように見えるものの、著者によれば国民の変化が始まっており、2012年は転換の年になるだろうという。

表題のとおり、今の北朝鮮の国民の姿と意識がよく見えてくる好著である。

「負債と報い」マーガレット・アトウッド著 岩波書店2012/06/17 06:22

2008年世界経済危機後の世界を「負債」という切り口で、文学者からの視点で見つめた本。

人類の起源から万能の交換手段として「金銭」が生まれたが、その始まりから「貸し借り」という制度もでき上がった。ここには、均衡という概念がなければ成り立たない。
ここを起点に本書では、「負債」を宗教における「罪」と関連させたり、債務者監獄、高利貸しなど金銭の貸し借りにまつわる負の側面に焦点を当てる。

そして本書のメインテーマが、最終章の「清算」である。
ここでは、「償い」という行為に焦点が当てられる。
例えとして登場するのが、ディケンズの描いたスクルージである。
彼は、仲間たちから金銭的な意味では債権者であるが、一方で道徳的には債務者であるとする。
そして、彼に資本主義の誕生から現在まで人類の行なってきた自然界からの収奪を見せて、ここから予想される未来を垣間見せる。
そう、お金だけあって食料も資源も消費し尽くした世界を。

経済学者からは見られない、新鮮な切り口で現代資本主義に警告を発している。

「東京駅はこうして誕生した」林章著 ウェッジ2012/06/30 22:44

今、東京駅の復元工事が進み、もうすぐかつての荘厳な姿が我々の前に帰ってくる。
本書は、我が国鉄道の発祥からはじまり、日本が範としたイギリスやオランダのターミナル駅とは異なるパス・スルー構造としたことに、その後の東京の発展の原型を示している。

本書には、たくさんのあまり知られていない事実が詰め込まれている。 中でもはやくも今の山手線のとおりの線路を描いていたドイツ人バルツァーの構想した東京駅が美しい。
あの赤レンガではなく、このような日本建築ができていたら、皇居とのハーモニーが想像されて楽しくなる。
加えて彼は、1903年に記した地図で驚くほど現在の首都圏の路線図に酷似した計画線を描いている。さらには、パス・スルー方式の東京駅を構想したのも彼である。

また、東京駅を落札したのが、大阪の新興の総合建築会社大林組だというのも新発見である。あの、スカイツリーを施工した大林組が東京駅も施工したということになる。

世界でも類をみない、鉄道を中心に発展した東京。
ここに、今の日本の発展の基礎をみる。
多くの偉大な先人たちのおかげで今の東京が、そして日本ができたのだとつくづく感じた。