「反転する福祉国家」水島治郎著 岩波書店2012/10/03 05:05

オランダといえば、フレキシキュリティとよばれる正規非正規の区別なく同一労働同一賃金を達成し、ワークシェアリングによる低失業率と高い成長率を確保し、かつワークライフバランスまでも目指したモデルが有名である。
今や非正規雇用が3割に達し、格差拡大にあえぐ日本からすれば、理想のモデルといっていい。
本書では、オランダ病と呼ばれた低迷する1980年台のワセナール協定に始まる大改革、すなわち「給付所得より労働」、生活保護を改革し受給者の就労支援を目指した雇用・生活保護法、非正規労働の正規化、パートタイム・フルタイム労働の差別禁止などなど、かつては日本と同様の男は外で働き女性は家庭に入るというモデルを改革していく過程が詳細に示される。

ところが本書によれば、こうした光の一方で移民に対する厳しい姿勢にみられるような、影の部分も目立ちつつあるという。
すなわち、フォルタイン党による移民の福祉タダ乗り論と移民制限・治安強化への熱狂的な支持をきっかけに、当時の政権党も移民制限へ政策転換を図った。その後、イスラム社会における女性差別を批判した映画「サブミッション」の監督ファン・ゴッホが殺害される事件をきっかけに躍進したウィルデルス党の躍進とEU憲法否決などをへて、移民排除の姿勢をいっそう強めているという。

これを著者は、労働や市民生活への積極的参加を市民に求める参加型社会に移行していく中で、女性や高齢者も含む多様な人々の参加を求めて「包摂」しつつ、同時に参加の見込みが薄いとされる移民を排除の対象とする方向にシフトしていると見事な分析をしている。

オランダに限らず内向き志向を強める先進国。
加えて、著者が最終章に書いているとおり、日本にも「KY」や「コミュニケーション能力」という切り口で、特定の人を排除うする傾向が強まりつつある排除の論理が見え隠れする。

オランダモデルを決して理想とせず、その影に注目して、新たなモデルを模索するための貴重な一冊である。

「専門家の予測はサルにも劣る」ダン・ガードナー著 飛鳥新社2012/10/11 04:54

表題のとおり本書は、トインビーに始まりポール・エーリック、ジョージ・フリードマン、ジャック・アタリに至る多くの専門家による過去の予測がどれほどあてにならないかをこれでもかというくらい事例を挙げ、これらを「確証バイアス」という人間に備わる行動科学的な結果であると教えてくれる。

本書では、20世紀はじめから多くの予測が外れてきた事実をいくつも挙げている。
・第一時大戦は短期間で終わる。
・第一時大戦後、ドイツで出版された「西洋の没落」という本がベストセラーになった。
・この時期、HG・ウェルズは第二時大戦を予測したが、これによってすべての国が疲弊し、崩壊すると予測した。
・さらには、1982年におけるソ連の崩壊の予測の否定や、1987年にアメリカは大恐慌に突入するとしたラビ・バトラ、次に世界を支配するのは日本だとしたジャックアタリ。
・そして、サブプライム危機である。
・今でも、来たる時代は中国だといった論調や、近く石油は枯渇するとしたピークオイル説、100年後の地球の気温を予測する地球温暖化説などについても、断定的なことはいえないと疑問を呈する。

昔から、「株式市場はどうなるか」「石油価格は」といったことについて、専門家の予測を聞きたくなる。
そして、マスコミは単純でドラマチックな話を好む。

典型的な専門家の例として、トインビーを挙げる。
トインビーは優れた頭脳を持っていたから間違えた。
すなわち、歴史の法則を自分が立てたものと異なる事実は自分に都合のよいように解釈してしまう。
「確証バイアスである」
そして著者はいう。「どんな証拠をみても変わらない主張というのはドグマに過ぎない」

人間は将来予測が大好きである。
しかし、鵜呑みにしてはいけない。
今一度立ちどまってよく考えてみよう。
「キツネ」の目になって。

「最悪のシナリオ」キャス・サンスティーン著 みすず書房2012/10/21 06:09

副題は、「巨大リスクにどう備えるのか」。
本書は、2007年にアメリカで出版された本で、テロと気候変動を例えに、アメリカがこの2つのリスクに対して全く異なる反応を示したのはなぜか、と我々に問いかける。
一貫して、気候変動リスクに対する経済学的アプローチを題材に、巨大リスクへの備えを検証している。
もちろんこの時期に、このようなテーマの本が日本で出版されたのには大きな意味がある。

本書では、巨大リスクをめぐる2つの考え方を提示し、詳細な検証を試みている。
一方は、予防原則と呼ばれるもの。
すなわち、「人の健康や環境に損害を与える脅威を生み出す行為がなされる場合、すべての因果関係が科学的に証明されていなくても予防措置をとるべきである。」という気候変動に関するウィングスプレッド会議の宣言に見られる。

もう一方は費用便益分析と呼ばれる考え方である。
これは、「たまたま、社会的に注目された特定のリスクに対して、費用対効果を度外視して過剰な政策対応を展開すれば、莫大な資金を無駄にするばかりか、その反作用で他のリスクからしっぺ返しをくらいかねない。」というような考え方である。

  著者も、これら巨大リスクへの対応としては、検証のための材料やプロセスを提示しているのみで、答えは用意していない。
 ただし、著者はこのように述べている。
「ある方針をとった場合のシナリオが、別の方針の場合よりも著しく有害な場合、そしてその著しく有害なシナリオを排除することによって莫大または極端に重大な損失や負担が生じない場合には、マキシミン原則に従うべきということだ。」