「なぜ豊かな国と貧しい国が生まれたのか」ロバート・C・アレン著 NTT出版 ― 2013/03/03 21:16
本書は、表題のとおり、近代国家の成立を歴史的に紐解きながら、豊かな国と貧しい国がなぜ分かれたのか、を分析した本である。
著書独自の新たな視点で述べられており、新鮮である。
すなわち、労働コストが上昇したとき、これを節約するための資本導入による技術開発がなされ、生産性を高めて、経済成長していくというものである。
その典型が産業革命期のイギリスである。
本書で紹介されているのは、紡績機をめぐる発明である。これらの機械は、労働コストを節約するために開発された。これを同時期のインドに持っていっても、労働コストのほうが安く、利益は見込めなかったというのである。
そしてもう一つの舞台が新大陸である。アメリカはいち早く先進国の仲間入りを果たしたが、それ以外の中南米諸国は貧しいままである。それはなぜか。
大きな要因は、先住民の数の違いであるという。先住民のほとんどは低賃金労働を余儀なくされ、これが製造業の発展を大きく阻害した。
加えて、メキシコとアンデスの銀が皮肉なことにスペインをインフレにし、没落していくきっかけにもなったという。
そして、アフリカである。この地域では、ヤムイモ、油ヤシなどの定住農業が早くから定着していたが、土地が価値を持たないほど豊富であったため、先進農業社会が私有財産を体系づけるために用いた法的、文化的基盤が欠けていたということである。
今日でも、主要な一次産品である油ヤシやカカオの価格は低いままであり、なかなか生活水準の改善には結び付いてはいない。
後半になり、後発工業国としての日本が登場する。
日本は、インドと違い、西洋の紡績機をそのまま取り入れたのではなく、独自に改良して自国にあった木造の機械で安価な綿糸を輸出し、短期間でイギリスを打ち負かすまでになっていく。
本書を通読して印象深いのは、人口が多いとか、資源があるということは決して豊かさに結びつくものではなく、むしろ創意工夫や知恵といったものこそが、豊かさをもたらすのだと改めて感じる。
これからの日本の方向を考える上でも大いに参考になる。
「不平等について」ブランコ・ミラノヴィッチ著 みすず書房 ― 2013/03/03 21:31
不平等を、一国内のものではなく世界に広げて考察した意欲的な本。
本書によれば、グローバリゼーションの進展に伴って、世界各国間の不平等は、かつてないほど深刻化しているという。
そのジニ係数は、なんと70~80に達するという!
驚くべきことに、一国内の不平等について、経済学は様々な試みをして分析をしているにもかかわらず、国際間の不平等についてはほとんどだれも研究成果を残していないという。
本書は、そういう意味でも貴重な資料である。
本書では、古今東西の国々~ローマ帝国からEU、アメリカの不平等に至るまで、詳細な分析が示される。
また、アンナ・カレーニナの所得や古代ローマのクラッスス、カーネギーとビルゲイツ、ロックフェラーなどの所得の比較などは楽しい読み物になっている。
また、不平等に関する先駆的な研究者、パレートとクズネッツについても詳しく紹介されている。
残念ながら、歴史的にみて世界はクズネッツの描いたような平等化には進んではいない。
歴史上最も不平等な時代に我々はいると肝に命じなければならない。
本書では、世界金融危機の原因についても興味深い分析をしている。
その遠因は、不平等の拡大である。
すなわち、最富裕層の富が増大し、一方で中間層が減少したため、中間層に対しては信用取引の間口を広げて消費を拡大させ、富裕層は新たな金融商品を求めた結果であるとする。
的確な指摘である。
次の言葉が印象的である。
「アマルティア・センの潜在能力アプローチに沿って、既存の財やサービスから満足を得ることが難しい人にこそ、より多くの所得を与える。」
「パンデミック新時代」ネイサン・ウルフ著 NHK出版 ― 2013/03/03 21:39
本書は、表題のとおり最新のウイルス研究を通じて、近未来に起こり得るパンデミックの脅威と、対策を述べたものである。
ただ、その内容はウイルスの発見の歴史と、動物とウイルスとのかかわりを歴史的に明らかにしたもので、非常に興味深い。
ジャレド・ダイアモンドの名著の続編ともいうべき内容にもなっている。
ウイルスにかかわる新たな知識も豊富に出てくる。
・人類の遺伝子の解析によると、過去に大きな人口減少が起き、ボトルネック効果によって人類に寄生する微生物が大きく減少した。
また、火を使うことや、野生生物を接種しなくなったこともその一つである。
・人間を除くすべての霊長類が感染するSFウイルスだが、アフリカのハンターの中には、キャリアがいる。
・人間をすみかとするウイルスで私たちが知るものはごくわずかである。
たとえば日本で最初の感染者がでたTTウイルスやGBウイルスなど一般的なウイルスだが有害とは断定されていない。
・野生のサルに多く感染するヘルペスBウイルスは、人間に感染すると必ず死をもたらす。
・世界では、バイオテロやバイオエラーのリスクが高まっている。
人が広域に移動するようになり、また輸血なども未知のウイルスが爆発的に広まる懸念が高まっている。
その一方で、ウイルスを使ったウイルス療法(なんとがんを標的にするウイルスもある)や、人類に有益な微生物たちも数多い。
ウイルスをめぐる様々な話題がぎっしり詰まっていて、とても興味深く読めた。
それにしても、まだわれわれはウイルスのことをほとんどわかっていないという事実に衝撃を受けるとともに、教授職をなげうって、世界ウイルス予測という研究機関を立ち上げるなど著者のような活動は支援していきたい。
「ミラクル」シア・クーパー、アーサー・アインスバーグ著 日経メディカル開発 ― 2013/03/31 21:40
本書は、副題にあるとおり、幼くして糖尿病を発症した大富豪の娘エリザベス・ヒューズとインスリンを発見した医師バンティングの物語である。
話は、1981年に74歳で亡くなったエリザベス・ヒューズの謎めいた遺品から始まる。
そして、1919年にさかのぼり、エリザベスとバンティングのシーンが交互に切り替わりながら、極端な食事制限療法で衰弱していくエリザベスと、外科医としての荒々しい性格ながら犬の膵臓からインスリンを抽出していく実験を繰り返すバンティングとその助手ベスト。 その後の研究成果を巡る人物たちの人間模様と、初期のインスリン製造の困難さなど、様々なシーンが交錯してその後の展開が目まぐるしく展開していく。
圧巻は、エリザベスとバンティングの出会いのシーンである。
このときはじめて彼女が投与を受けたインスリンの瓶が、冒頭の遺品と明かされる。
初期の不安定なインスリンにもかかわらず、多くの社会的活動を行って見事にその生涯を全うしたエリザベスと、金にはほとんど執着しなかったもののノーベル賞受賞を機にその後の人生が激変したバンティングの対比も見事であり、読みごたえのある一冊である。
比較的厚い本ながら、最初からぐいぐいひきつけられ、一気に読めてしまう。そして、まるで上質の映画を観たような読後感を得られる。
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