「人と企業はどこで間違えるのか」ジョン・ブルックス著 ダイヤモンド社2015/03/01 06:21

1960年代のアメリカにおけるマイナーな事例ばかり登場するが、本書は、1959年から69年にかけて執筆されたもので、最近になってビル・ゲイツが「最高のビジネス書」として紹介して注目を集めた本だという解説を読んでその訳がよくわかった。
とはいえ、淡々と事実だけを取り上げ、読者に考えさせるその文章は、なんとも味がある。
そしてこれら事例は、半世紀前のものばかりであるにもかかわらず現代に通じる。

では、いくつか事例を取り上げよう。
・フォード社エドセルの失敗。緻密な市場分析とマーケティング戦略に基づいて発売したはずの新車が、わずか2年で生産中止に追い込まれたのはなぜか。
・初の乾式複写機ゼロックスの物語。初期不良と著作権問題へ対処し、非営利活動と企業責任への信念から大学への多額の寄付、黒人雇用などの課題に取り組み独自の企業文化を創りだした。
・GEの談合入札事件における「コミュニケーション不全」。これほどの企業で倫理規定があるにも関わらず、上司からの命令が判然としないもので、部下は勝手に解釈をして行動したという事例。
・ケネディの暗殺の当日、もうひとつの大事件が証券取引所を舞台に起きていた。それは、当時の大手証券会社であったハウプト証券が倒産の危機にあり、あと一歩のところで金融機関の支援を取り付け救済されたというものである。
・1922年。初めてのセルフサービススタイルを取り入れたピグリーウイリーの株の買い占め事件を起こしたソーンダーズの波瀾万丈の物語。
・1962年の束の間の大暴落。「誰だって1年か2年は慎重になるが、やがてまた投機熱が高まり、再び暴落が起きる。神が人間の欲を取り去らない限り、何度でも繰り返されるのだ。」

多くの示唆に富み、読者に考えさせる好テキストであり、どこに問題があるのか、どうすれば難局を切り抜けることができるのか、現役の企業経営者ならずとも勉強になる。
加えて、本書に登場する事例などを通じて、現代の企業を取り巻くコーポレート・ガバナンスや株式市場の透明性の確保など様々な法整備がなされてきたことも感じる。

 マネジメント層や経営学を学ぶ者には必読の書である。

「お金はサルを進化させたか」野口真人著 日経BP社2015/03/08 05:42

ファイナンス理論を中心に、確率論、統計学、行動経済学を豊富な具体例を取り入れながらわかりやすく解説した本。
この手の本によくある難しい数式などはほとんど使用せず、最新の理論が紹介されている。

幾つか、興味を引かれた記述を紹介する。
・年功給と成果報酬のどちらが社員にとって得かを、ファイナンス理論で言えば、成果報酬の方が高くなる。ところが、行動経済学によれば半数以上が年功給のように徐々に支給額が上昇する方を選択する。
・時間と効用に関する人間のクセを見ると、一般的には現在を過剰に重視する傾向にあり、近い将来に発生するキャッシュフローを重視する傾向にある。若い人は相当先のキャッシュフローの効用も認識できるが、老人の場合はすでに現時点で感じる効用が低い上に明日以降の効用は凄まじい勢いで減少していく。
・戦場の第一線で戦い、生き残った兵士はその後の人生の中で「自分は特別で神に守られた人間だ」と感じるという。確率論は神の視点の学問と言える。神から見た一人一人は多くの標本の一つにすぎない。ところが自分にとって自分を標本として客観的に見ることは至難の業になる。
・宝くじの払い戻し率は、法律によって50%を超えてはならないとされている。一方、競馬や競輪などの公営ギャンブルの払い戻し率は74。8%。それでも宝くじが売れるのは、低い確率を過大評価し、高い確率を過小評価するカーネマンの理論によって説明できる。
・人間の癖の一つに、お金の量ではなく、お金の量の変化によって満足度は左右される。
などなど

また、著者のリスクについての考え方も随所に示されている。
それは、以下の言葉に凝縮される。
「人生の価値は、オプションの価値と同様、生まれた時から死ぬ時までどれほど寄り道したかで決まる。限られた寿命の中で人生を満喫するには、リスクをとり、山あり谷ありの人生を歩むことではないか。」

「すべては1979年から始まった」クリスチャン・カリル著 草思社2015/03/14 13:08

21世紀の世界に大きな影響を与えた人物たちが登場したのは1979年であるという著者の考えを、数多くの証拠ともいえる事例を通して明らかにしていく著作。
こうして本書を通読してみると、この時代の出来事がお互いに絡み合いながら、現代に繋がっていることがよくわかる。

ホメイニによるイスラム革命が隣国アフガニスタンへ共産主義勢力への反乱を引き起こし、これがソ連を弱体化させていくきっかけとなるアフガニスタン侵攻につながる。また、共産主義体制のポーランド出身のヨハネパウロ2世という教皇の誕生も、東欧の共産主義体制崩壊への道筋を開くものとなった。
中国では、鄧小平が実権を掌握し、79年に中国の急激な経済発展のきっかけとなる改革が始まった。
そして、イギリスではサッチャーが登場。新自由主義を標榜し停滞していたイギリス経済を見事に復活させる。

印象に残った文章は次の通り。
「ホメイニはマルクス主義のレトリックを盗用し植民地支配主義や不平等を非難するイスラム過激派のブランドを作り出した。」
「ヨハネパウロ2世がいなければ、連帯運動はなかっただろう。連帯がなければゴルバチョフもいなかっただろう。ゴルバチョフがいなければ1989年はなかっただろう。」
「サッチャーと鄧小平の二人とも業績を上げるための適切なインセンティブの重要性を強調し、一定の不平等は許容されるべきだと考えた。」

イスラム過激派によるテロの脅威。市場経済を導入した一党独裁国家中国の経済的台頭。新自由主義による格差の拡大。などなど現代の世界の多くがこの時期に形作られて行ったというのは実に興味深い。

それにしても、これらの反逆者たちが登場しなかったら世界はどのような姿となっていたのだろうか。少なくとも、本書で描かれているアフガニスタンの賑わいは続いていたのかもしれない。

「植物が出現し、気候を変えた」デイヴィッド・ピアリング著 みすず書房2015/03/29 15:21

植物と地球環境との関わりを、植物の誕生からたどり、最新の研究成果を取り入れて、植物がいかに環境に適応してきたか、また地球環境へいかに大きな影響をもたらしてきたかを探る大作である。また、二酸化炭素の排出による地球温暖化への影響についても、より大きな視点から捉え直している。

以下、印象に残ったところを抜粋する。
・「植物は、二酸化炭素を使って、年に1050億トンものバイオマスを合成している。そのうちの約半分は単細胞の植物プランクトンである。」
・「過去の大気の二酸化炭素濃度は、4億年から3億5千万年前の間に大きく変化している。当時の化石土壌の分析によると二酸化炭素は現在より15倍も多かった。それは二酸化炭素濃度が増えるにつれて葉の作る気孔が少なくなっていることからわかる。」
・「葉の大きな植物が進化するのに実に4000万年の時間がかかった。それは、高濃度の二酸化炭素が障壁となった。」
・「酸素濃度は、約3億年前に30%にまで上昇し、その後15%まで下がったことがわかっている。酸素濃度が高い時期に、大気圧が高くなり、巨大昆虫が出現した。」
・「2億5000万年前、地球史上最大の絶滅があった時期にオゾン層が壊れていたことを当時の植物胞子の化石が示している。」
・「火山噴火が引き金となり、空気中の二酸化炭素が増加。海の表面で暖められた水が対流によって海底へと運ばれ、凍っていたハイドレートを揺り起こし、メタンガス放出の引き金となった。この説であれば、2億年前に起こった大量絶滅を統一的に説明できる。」
・「過去5億年のうち80%近い期間は、極圏まで森が広がっていた。そこには、常緑樹ではなく、落葉樹が多かった。実験では、炭素を湯水のように使うのは、常緑樹ではなく落葉樹である。」
・「水蒸気は、太陽からの入射熱より、地上からの反射熱に強く働く。この効果によって、熱を地上にとどめ、宇宙に放出しない」
・「二酸化炭素濃度が少なったため、それまでより効率的に光合成をする仕組みを持つC4植物が出現した。また、C4植物の出現によって、火災が頻繁に起こるようになり、森林の発達を遅らせた。」
・「もしも植物が進化していなかったら、世界は今とは全く別のものになっていたに違いない。植物なしでは、陸上の岩石の化学的変化は促進されず、大気中の二酸化炭素濃度は現在の15倍になっていただろう。その結果生まれる温室気候は、地球の気温を10度も上昇させ、極地は氷に覆われることはなく、海水位は今より数百メートル高くなっていただろう。」

また著者は、最終章で、人間が排出するエアロゾルによって地球に届く太陽光線の量が減少する「地球薄暮化現象」や、過去50年にわたる水の蒸発量が減少している発見なども取り上げ、まだまだ謎が多いことが多いと筆を置いている。

こうしてみると、植物の果たした役割の大きさを感じざるを得ないし、まだまだ大きな謎が取り残されていることがわかる。
ただ、少なくとも植物の進化と地球環境の変化を通じて、太古の昔からこれからの気候変動までも見通すことができるとも感じる。

また本書には、多くの科学者が登場する。その一つ一つも読み物として面白い。
良質な科学書である。