「ホンダジェット」前間孝則著 新潮社2015/12/13 08:56

本書は、本田宗一郎の掛け声から始まり、長い時間をかけてようやく商品化に成功し、革新的なビジネスジェットとして注目されているホンダジェットの物語である。
 というより、ホンダエアクラフトの藤野氏の物語といったほうが正確かもしれない。
 ホンダという会社のDNA、新規ビジネスの立ち上げから製品化までの苦労、革新的な製品の開発、マネジメントに至るまで多くのことを学ぶことができる素晴らしい本に仕上がっている。

まずは、ホンダの創業者精神の伝統から始まる。伝説的なマン島TTレースへのチャレンジと圧倒的な勝利。F1レースへの参戦と自動車への進出。そして、飛行機づくりへの夢。すべては、本田宗一郎という伝説的な経営者がいたからこそなしえたものであることがよくわかる。
加えて、ホンダジェットの開発を任された藤野道格の存在が大きい。
彼は、特攻機に使用された白菊に乗っていたことがある父親を持ち、東大工学部航空学科を出て入社3年目で航空機の研究を命じられ、アメリカで航空機技術を学ぶ。それが1986年。
1997年には早くも、今のホンダジェットの原型である低翼式で主翼上部にエンジンを置きキャビンスペースを広くしたデザインの小型ジェット機開発を直訴する。
 このデザインは、それまで困難とされていたものであったが、なんと藤野が布団のなかで閃き、近くにあったカレンダーに書き留めたものであるというから驚きである。
次の藤野の言葉が印象的である。
「既成概念を破るような新しい発想というものは、長年にわたる専門的な勉強で培ったバックグラウンドを持ってはいても、一回そういったものは忘れて、捨て去ってしまえるくらいのところに到達しないと生まれないのではないか。」
それは、既存の技術の延長線上にはない未知の技術をいくつも盛り込んだもので周囲からの理解はなかなか得られなかったが、2年をかけて理論の部分を実験で証明して試作機の開発プロジェクトをスタートさせる。
新たな技術はいくつもある。やや専門的になるが、独自の層流翼形やピッチングモーメントへの対処の仕方はそれまでの常識を覆すものであったし、主翼の上にエンジンを載せること自体空気流に干渉が生じるため不可能という既成概念があったという。ところが藤野は、理論計算と風洞実験でスイートスポットを見つけ出し、大きな課題を克服する。
そして、これらの開発チームも限られた人員で一つ一つの技術的課題に集中的に取り組んだという。また組織はフラットで、リーダーである藤野が直接指示を与えて決定を下したという。
 ここで、藤野のリーダーシップについての記事が印象深い。 「飛行機の全体システムを設計するときに、リーダーはまず自分自身で全部を理解し判断できるような知識レベルに達していることが基本です。…しかも、能力や実績としていくつもの専門分野を併せ持ち技術的深さも深くて広く一番勉強している。そうした能力がないと全体をまとめることはできない。一番重要なことは、リーダーが全体を一つの概念でコントロールして理にかなった方向に全員をリードしていくことです。」
さらに、全複合材を使用しアルミより10%軽量化した胴体、タッチパネル、フラットディスプレイを配置したコックピット、完全電子制御で単結晶タービンブレードを使用したエンジンなど数々の革新的技術が盛り込まれている。
試作機は2003年12月無事初飛行を成功させるが、次のハードルは事業化であった。
過酷な各種試験やアメリカ航空宇宙局の審査に合格し型式証明を取得するのに加え、最大のポイントは量産、販売事業への取り組みへのゴーサインであったが、当時の福井社長はリスクへの懸念の声を押し切り事業化決断を行う。
その後も型式認定に向けての数々の過酷な試験を乗り越えるが、著者の言葉が印象深い。
「技術は失敗から学ぶ、それによって技術者は成長する。」
そしてIHIの土光社長の言葉。
「その会社の技術レベルは、その会社にどれだけ分厚い失敗のファイルがあるかによってはかれる。」
圧巻は、藤野が、「エアクラフトデザインアワード」、「ケリージョンソン賞」、ジューコフスキー賞」という航空機にかかわる世界的な賞を合わせて受賞したというくだりである。なんと日本人初であるばかりか過去にこの3賞を合わせて受賞した人物はいないという。

ホンダという会社のチャレンジスピリットとともに、藤野という人物が成し遂げた新規事業の物語は、手放しで素晴らしい。

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