「ソーシャル物理学」アレックス・ペントランド著 草思社2016/01/12 21:55

本書は、動的な集団ネットワークにおけるアイデアの流れや社会規範がどう生まれるのかを観察することによって得られる新たなモデルを構築しようとする「社会物理学」について解説した本である。 人間行動にかかるビッグデータの分析もこの分野による成果であることがよく分かる。

では、本書から印象に残った部分を抜粋していく。
「社会物理学は経済学と違い、アイデアの流れがどのようにして行動に結びついていくのかを明らかにすることだ。」
「常に創造的で深い洞察力を持つ人々は探求者なのだ。…探求者はその活動を通じてさまざまな人物と出会うことになるが、新しく見つけたアイデアを出会った人々すべてにぶつけてみるのだ。多様な視点や経験を持つことは革新的なアイデアを生む際に重要な要素となる。…そうしたアイデアが拡張され世界を説明する新たなモデルの一部となり行動や意思決定を導くようになるのだ。」
「トレーダーがソーシャルネットワークを通じて多様なアイデアをバランスよく手に入れる場合は個人で取引を行っている場合に比べて投資利益率が上昇する。…この群衆の英知という概念が企業や都市社会制度に応用されている。」
「この、探求については留意しておくべきポイントが3つある。『社会的学習が極めて重要』、『多様性が重要』、『他人と反対の行動をとる人物が重要』、の3つである。」
「ソーシャルネットワークインセンティブは従来型の個人に対する市場型インセンティブに比べておよそ4倍の効果を持っている。…たとえば、節電の呼びかけに対して一般的な経済的インセンティブではなくSNSを使ったインセンティブによって電力消費量を17%抑えることに成功した。」 「休憩時間に従業員同士が話しをするようになることで個々のチーム内で行われる交流の量が増え従業員のエンゲージメントも高まる。その結果、従業員の生産性が大幅に向上した。」
「ソーシャルネットワーク内の誰に取っても新しい経験は彼らがほとんど訪れていない場所からもたらされることが多い。新しいアイデアを探求する場合、遠くに行けば行くほど成果が得られる傾向にあり、一方で日常生活において得られる共通の経験は、ローカルコミュニティ内でのエンゲージメントを通じて社会規範にまで昇格する傾向にある。」
「個人ごとの違いと個人間のつながりの両方を扱い、社会を数学的に捉えて予測可能にする科学は、政府の役人や企業のマネージャー、そして市民たちが考え、行動する形を劇的に変える可能性がある。」
などなど、印象深いコメントが数多くある。

人と人とのつながりについて多くの実証実験を使って得られる本書のようなアプローチは、これからの社会にとって大きなインパクトを持っていることを感じる。

「揺れる大欧州」アンソニー・ギデンス著 岩波書店2016/01/24 20:28

ここのところ、ヨーロッパをテーマとした著作が数多く出版されている。本書はその中でも、客観的かつ多角的に論じている。

本書の独自な視点は、EUのガバナンスを「EU1」、「EU2」、そして、「紙のヨーロッパ」と定義して述べている点にある。
すなわち、「EU1」は欧州委員会が中心となり各国議会や市民とはかけ離れた少人数で行われ一歩ずつ歩を進める手法を指す。一方で、「EU2」は正式機関が対応できない状況の時に大国が対応に乗り出しなすべきことを絞り込み実行することをいう。そして、「紙のヨーロッパ」とは、欧州委員会やEU組織が作った将来計画や工程表のことを指すが、多くは効果的な実行手段がないまま実現できず夢のままに終わっていることを例えている。

以下、興味の惹かれた点を書き出す。
まずは緊縮財政について。
「繁栄を取り戻すためには、緊縮財政を乗り越え、さらに長い道のりを進まねばならない。ヨーロッパの緊縮財政は失敗したと結論づけるのが、今や世間一般の通念になりつつある。」
「福祉国家がにっちもさっちも行かなくなっているのは公然の秘密である。」
そして雇用について。
「海外への生産拠点移転や自社業務の外部委託は今や流行らないモデルである。GEは、台所用品や暖房機器の生産に加えてIT業務の多くを米国に戻しつつある。サービス産業にも同じことが起きている。例えばコールセンターだ。…厳密に経済以外の要因もそこに絡んでいる。」

中でも本書で最も注目されるのが、移民についての考察である。
「都市や地域、そしてより広い社会に住む文化集団の生活のありようは極めて多様な接触や関わり、つまり超多様性に取って代わられつつある。ヨーロッパの大都市の幾つかには300以上の言語集団がいる。」
「民主主義は、サハラ以南のアフリカをはじめ中東や極東など世界の他の地域で発展し続けた。民主主義はムスリム経由でヨーロッパに戻ってきた。…同じことは、宗教的な寛容にもいえる。インド皇帝のアショカ王やオスマン帝国も宗教的に寛容だった。他の文化圏からの移民を前近代とみなすつまり西欧だけに育った価値への本質的な脅威と見るのは大間違いである。」

EUには多くの問題があるとしながら、最後にこう述べる。
「より統合されたEUは、世界に確たるパワーとなるだろう。…EUがただ前進するだけではなくその歴史的な限界や矛盾を正していく好機でもある。」
としてチャーチルの言葉を引用する。
「ヨーロッパよ、立ち上がれ!」

「資本の世界史」ウルリケ・ヘルマン著 太田出版2016/01/24 20:36

ドイツ人のジャーナリストによる資本主義への考察。ユニークな視点から書かれており、実に興味深い。

「近代的な資本主義は、どう見ても歴史上の偶然の現象だが、経済理論ではしばしば自然法則のように扱われ、無数の数学の公式で記述されるが、これはフィクションに過ぎない。」
「マルクスとエンゲルスが資本主義を拒否していたというのは誤解だと言っていい。二人は解き放たれた成長を歓喜して迎えている。」
「工業化がイングランドで始まったのはその地の実質賃金がほかのヨーロッパ地域よりも2倍も高かったからだ。」
「資本主義は今でも誤解されている。誤りその1、資本主義は市場経済と同一であると信じて疑わないこと。その2、国家は多大な恩恵をもたらす自由な市場の働きを妨げる撹乱者としかみなされていないこと。その3、グローバリゼーションは全く新しい21世紀の発明とみなされていること」
「巨大企業は百年以上も前に市場の固定化に成功している。DAX採用銘柄のうちほぼすべての企業が第一次世界大戦前から存在している。」
「経済の成長は技術の進歩が生産性を上げた時にしか実現されない。この絶えざる効率革命が賃金と利益のバランスをめちゃくちゃにしひいてはその後の危機につながる。技術の発展は資本主義の原動力だが同時にそこに内在する最大の脅威である。」
「ドイツ人の多くは、毎年の輸出超過を誇らしく思っている。それを強さの印と見ている。しかしドイツ製品の競争力はその質からきているだけではない。ドイツは賃金ダンピングを推し進め、労働コストを狙い通り下げた。2000年から2010年にかけてドイツの実質賃金は平均して4.2%下落した。」
「ユーロ危機について…最悪の誤りは危機の兆候が現れると一斉に節約を始めることだ。このごろではヨーロッパのどの国も節約するようになった。…この緊縮策は問題の解決にならないどころか、赤字を増やしているだけだ。災いをもたらすだけの緊縮策は、国民経済学と経営経済学の混同から出た考えだ。…ドイツ人は発券銀行が国債を買い支えたり国の債務を猶予するとそれは原罪であるとみなす。ドイツ人はいい加減歴史の経験を無視して勝手に新しい通貨システムを発明しようとする態度は捨てるべきだ。」

最後に、環境問題を取り上げ、
「資本主義の終わりは歴史の終わりでも、ましてや地球の終わりでもない。…今はまだ認識されていない新しいシステムがいつかは作られるだろう。
人間世界はオープンエンド。変更はいくらでも効くのである。」
として、資本主義の次までも見通している。

ドイツの問題も多く取り上げられて興味深い上に、資本主義の多くの課題もよく見据えている。