「医療崩壊」小松秀樹著(朝日新聞社)2007/08/13 04:37

 薬害エイズ事件や慈恵医大青戸病院事件などの医療をめぐる報道に見られるように、最近の医者や医療行政に対する不信感は、大きいものがある。私も含めて、ほとんどの人は報道のとおりに感じてきたのではないかと思う。

 本書は、直接患者と接している医者の立場から、日本の医療の現実と問題点をあぶり出している。

 著者が問題としているのは、まず一般人の感覚である、医者にかかればすべての病気は治療できる、生命は永遠であるとまで思うようになっている。しかしながら、そういうことはあり得ない。人間の体を傷つける医療には必ずマイナス点もある、としている。

 人間には過失はつきものである。医者も人間である以上過失は起こりうる。そういう過失さえも、今の日本の法制度上は、業務上過失致死という犯罪とする。この点については、薬害エイズ問題についての検証に詳しい。

 さらには、勤務医にとっての過酷な実態も描かれている。決して高くはない収入をもらいながら、厳しい労働条件で働いているが、理不尽な患者からの攻撃や訴訟リスクから、楽で安全で収入の多い開業医へシフトし始めていると言う。現実に、産科診療のできない病院の増加や、小児科診療の崩壊が起きていることを耳にする。

 医局制度にも鋭いメスを入れている。医局とは、医学部の教授を頂点として特定の大学の系列病院に医師を派遣する人事システムであるが、これを拒否するとその地域の病院には就職すらできなくなるというものである。医学部という日本の教育のトップレベルが志望するところが、こんな前近代的なシステムで動いていることに驚きを感じる。

 そういう中で、医療事故に関する対策として、スウェーデン方式を紹介している。スウェーデンでは、無過失補償といって、すべての医療過誤による被害者を救済するために費用を積み立てる制度であり、責任追及はここでは議論されない。今の日本では、裁判による方法しかなくかつ責任追求という形となるため双方に負担が大きい。

 さらに、日本のGNPに占める医療費は、国際的に見ても低いものであるとし、これ以上の削減は、日本の医療を危機に陥れるとしている。
 あわせて、日本のジャーナリズムの問題として、客観性を持たず感情論で自ら作り出した「世論」で報道しているという。医療を求める時だけ医師の合理性を求め、都合が悪くなると非合理で攻め立てる。まったく同感である。

 医療現場の荒廃は、想像以上に進んでいる。早急に手を打たなければ、大変なことになる。