「通貨で読み解く世界経済」小林正宏、中林伸一著 中公新書2010/10/02 21:46

円高が進行している。 政府日銀は大規模介入をしたものの、国際的には批判にさらされている。 一方で、ドル安、ユーロ安が進み、近隣窮乏化政策の再来だとも言われている。

本書は、ドル、ユーロ、円、そして人民元にいたる主要通貨について、それぞれの由来と展望をコンパクトにまとめている。 加えて、ギリシャ危機など最近の出来事にも分析が加えられている上、グローバルインバランスやプルーデンス政策といった最近よく耳にする概念にも触れていて、よくできた入門書となっている。

本書から読み解けるのは、ドルは地位低下してはいるもののこれに代わる手段はないため基軸通貨としての地位はしばらくは揺るがない。 一方、ユーロは、ギリシャ危機に代表されるように、国際金融のトリレンマという不安定さを内包しており先行きを疑問視している。 さらに、人民元については、中国当局の厳格な管理によって、国際通貨としての役割はまったく果たしていない。 そして、最近話題のSDRについても、ドルに代わる手段とはなっていないしなり得ない。 というのが、本書の主張のように思える。

ただ、膨大な貿易赤字をたれ流し続けるアメリカと、外貨準備を貯め込む輸出依存型の日本と中国の間のグロ-バルインバランスが持続不可能な水準に達しつつある今、どこかでこの複雑な方程式を解いて行かなければならない。

深く考えさせられる読み物となっている。

「それでも企業不祥事が起こる理由」國廣正著 日本経済新聞出版社2010/10/02 22:00

コンプライアンスというと、法令遵守と訳されて久しい。 多くの企業が、ガチガチに管理をし、何か不祥事があるたびに、再発防止策と称して間違いを二度と起こさないように取り組んだり、不正発見のために全件チェックしたりと取り組むのが普通になっている。

本書は、パロマや、NHKインサイダー事件などここ最近生じた不祥事を題材に、コンプライアンスとは「社会的要請に従うこと」とし、どんな企業も事件は起きることを前提として、どのような危機管理に取り組むべきかを実践的に説き明かしている。

一方で、花王のエコナの販売停止は、本来安全上問題がないレベルの成分しか検出されていないのにかかわらず、マスコミの安全安心の声に押されて販売中止に追い込まれた事例とする。 また、最近話題のJ-SOX法についても、本来必要のない対策までコンサルタント会社の戦略に乗ってしまっているとし、「あってはならない。」の暴走を指摘している。

山一の社内調査委員会での体験を元に、様々な企業の現場を見てきた著者だからいえる説得力のある著書に仕上がっている。

コンプライアンスに関する必読書である。

「ロボット兵士の戦争」P・W・シンガー著 NHK出版2010/10/07 21:20

イラクやアフガニスタンでは、爆弾処理にロボットが活躍しているという。 また、多くの無人偵察機が空を飛び、タリバンなどの活動を事前に封じ込めてもいるという。 コンピュータゲームしかしてこなかった若者が無人飛行機の部隊をアメリカから遠隔捜査で飛ばし、自ら判断するプログラムされたロボットが戦場を走り回っている。 これは、SFではない。すでに現実の世界で起こりつつある。 ロボットは、戦争を防ぐこともできるし、戦争を引き起こすことも、はたまたテロさえ可能である。 もはや時代はこんなところまで進んでしまったのかと驚きを禁じえない。 本書は、これらロボット兵器の開発史から、将来予測される事態、その問題点や限界点まで考え得るほとんどを網羅した大作である。

本書を読んで感じたのは、槍と盾の議論である。どんなに優れた兵器を開発しても、かならずその技術への防御対策が編み出される。 そして、ロボット兵器もいずれ模倣され拡散していく。 戦争とはなんとおろかであり、また一方で人類の発展に貢献してきたのかと思う。 原爆のような国際的な議論までは至っていないが、いずれロボットもその土俵に上げざるをえないようなところまで行くような気がしてくる。 それにしても、アシモフのロボット3原則という思想は、一体どこへ消え去ってしまったのであろうか。

法律面、倫理面の検討から、ロボット兵器を使用する側は被害を最小限度にして戦争を遂行したいと考え、攻撃を受ける側は卑怯な奴らだと考えてしまう心理の違い。 などなど、様々な側面に光をあて、深い考察を加えている。

我々はいつまで、戦争という合法的な殺人を続けていくのか。 ロボットという題材を使いながら、戦争について深く考えさせられた。

「一万年の進化爆発」グレゴリー・コクラン、ヘンリー・ペンディング著 日経BP社2010/10/13 21:43

本書の主張は、本来数百万年かかって進化していく現象が、人類についてはここ1万年ほど前に農耕が始まって以来急激に変異をしているというものである。

そのきっかけは農業への適応である。本来、良質のたんぱく質や鉄分が少なく、糖質が多い食事は、人類には適したものではなかった。それに、人類が適応したというのである。 その証拠に、農業をまったく行っていなかったオーストラリア先住民やアメリカ先住民には、Ⅱ型糖尿病の罹患率が高いという。 また、頭蓋骨はわずか過去1000年の間に15パーセントも高くなっているという。 さらに、ヨーロッパの乳糖耐性は牛の乳を飲むようになってから身に着いたものだし、青い目の遺伝もバルト海近辺にその起源がある。 メキシコ人のほとんどが父方がスペイン人で母方がインディオであるが、現地人のほとんどが旧大陸からの病原菌に耐えられなかったことに起因するという。 アシュケナージ系ユダヤ人の知能の高さも、環境適応の結果であるともいう。

このような、急速な変化がなぜ起こるのかについては、わずか一組の変化でも1000年もあれば、10パーセントの割合になるということから説明できる。

遺伝と進化を混同しているような気もするが、環境への適合が進化を促進するという議論はわかりやすい。

進化がこのまま進んでいくと、人類にとって一体どのような未来が待っているのであろうか。 今の世の中を見ていると、どこか空恐ろしい気がしてくる。

「幸福立国ブータン」大橋照枝著 白水社2010/10/13 22:01

本書は、国民の97%が幸福であるというブータンという小国について、紹介した本である。

戦後間もない時期の日本人の幸福度と、物質的にははるかに豊かな現代日本人の幸福度はほとんど変わらないという調査結果がある。ヨーロッパ諸国でもほぼ同じような傾向が見られる。 一方この幸福な小国ブータンは、30年以上前からGNHという「国民総幸福」をめざして実践している。 詳細な分析は、本書を読んでいただきたいが、やはりカギは教育と医療ではないかという気がしてくる。 ブータンはこの両者をすべて無償にしている。

本書の最後にある国民への取材をみても、一見その生活ぶりは日本の国民とそう大差がないように見えるが、将来への希望を持っていることが著しい違いとして浮彫りになっている。

少子化が進み、デフレが進む中で、景気対策と称して負債ばかりが積み上がり、無駄な支出の削減として教育や医療にメスが入るこの国のあり方は、ますます希望が持てない国になり下がっていくような気がしてならない。

そういうなかで、本書のような切り口は新鮮に思える。

「ビジョナリーカンパニー③」 ジェームズ・C・コリンズ著 日経BP2010/10/24 15:59

本書は、かつて「ビジョナリーカンパニー」として取り上げた企業のうち、その後衰退していった企業11社についての分析を行ったものである。

これらの企業を、同業種の比較対象企業と並べてみることにより、その企業の経営判断の誤りが浮彫りにされる。

こうしてみると、かつてアメリカで輝いていた企業でさえも、今や見る影もなくなってしまうことがあるということが実感できる。

注目すべきは、企業の発展から衰退に至る4つの段階のうち、絶頂期とされる段階からすでに衰退の兆候が現れているという点である。

ましてや日本でも、かつての絶頂期から衰退の道を歩んでいると思われる企業が多く見られる。もちろん、この国自身にもあてはまるのではないかと推察される。

そう言う意味では、本書の第8章と付録の3つの危機から立ち直った企業の事例が参考になる。 「成功とは、倒れても倒れても起き上がる動きを果てしなく続けることである。」 本書の主題はここにあると言っていい。

「いのちの中にある地球」デヴィッド・スズキ著 NHK出版2010/10/24 22:51

本書は、いくつもの示唆に富んでいて、様々な課題の前に行き詰まっているように見えるこの現代社会に、光を与えてくれる。 本自体は薄いが、中身は重い。

著者の言うように、経済成長こそが人間を幸せにするという概念は、どこか間違っている。 そして消費こそが美徳とされ、限りある資源を浪費し続けていることは明らかにおかしい。

領土争いなどということも、人類が勝手に線引きしただけのことで本来土地は誰のものでもない。

空気や水や土そして火(太陽)は、我々の体と一体のものであると考えれば、廃棄物で汚染することは我々自身を汚染することと同じなのだ。

すでに人類は、地球環境を元に戻すために必要な年数(本書では1年分取り戻すために1.3年かかるという)以上の環境から収奪を続けている。 これを指数関数的に増加するバクテリアを例にたとえ、残された時間は59分という。

これだけの悲観的な事例を挙げても、著者は希望を捨てていない。 そのためには、未来への想像力を持つことだと教えてくれる。

「ルポ 生活保護」本田良一著 中公新書2010/10/27 21:53

生活保護というと、不正受給の問題や、受給者をねらった医療機関の不正診療や劣悪な入居施設の問題、さらには行政側の支給者への厳しすぎる対応、そして財政への悪影響等々マイナスの印象を持つことが多い。

本書は、この生活保護のむしろプラス面をとらえ、市民の20人に一人が生活保護受給者となっている釧路市の取組を中心に紹介した書籍である。

生活保護には最後のセーフティネットとしての役割のほか、皮肉にも第4の産業としてその経済効果もあるとしている。 一方で、最低賃金の方が生活保護の基準よりも低かったり、老齢基礎年金が生活保護費よりも低かったりと、制度の矛盾点も指摘している。

また釧路市は、自立支援プログラムとしてボランティアからはじめて就労へと促す取組や、塾に通えない生活保護受給者の子どもたちへ無償の勉強会を開催しているNPOの取組等々紹介している。

本書を通じて、知ったことは大きく二つ。生活保護率(1000人あたりの受給者の割合)は、大阪市では44.4、浜松市では4.8など全国的にばらつきが大きく運用上の違いが浮き彫りになっている点。 そして、平均受給期間は長期化しているとはいえ、(10年以上が25%)それなりに6ヶ月未満の割合(6%)もあり、行政側の努力も見られる点である。

いずれにせよ、すべてのセーフティネットの役割を生活保護に負わせるのは、限界がある。本書で提言されている給付付き税額控除(納税者番号制の制定が前提となる)の導入など、様々な政策のパッケージによる制度改善を期待したい。

「未来を変えるちょっとしたヒント」小野良太著 講談社現代新書2010/10/28 21:54

今、この国で流れるニュースは政治経済社会ともにいずれも暗いものが多く、耳をふさぎたくなってしまうことが多い。  もちろん、人口減少、デフレ経済、雇用問題、年金問題、環境問題、などなど目の前にみられる難問は数多くあり、明るい気持ちになれというのが無理なのかもしれない。

そういう中で本書は、あえて未来は我々の持つイメージが形づくるものだ、明るい未来を思い描けば、そのとおりの未来が待っている、と主張する。

そんなに甘いものではないと思いつつも、著者の主張には共感できるところが多い。 直前に読んだデヴィッドスズキの本も、「想像力を持とう」と我々に強いメッセージを発していた。

いくつもの未来への選択肢を持っている次の世代のためにも、明るい希望の持てる未来社会を描いて行きたいと思わせる本である。

そう、考え方ひとつで、我々の未来は変えられるのである。

「ミミズの話」エイミィ・ステュワート著 飛鳥新社2010/10/31 15:22

ガーデニングをはじめた著者が、たい肥を作るためにコンポスト容器を購入し、ミミズを飼いはじめたところから、この生物に関心が生まれ、そこから出来上がったのが本書である。

それにしても、このどこにでもいるたわいのない生物が、これほど奥深く、かつわれわれの地球環境のために、貴重なものであるとは全く知らなかった。

ミミズの種類だけで約4500種類。5億年前から地球に存在し、主に植物の老廃物を豊かな土に再生し、数百万年もかかって植物に欠かせない表土を生成し、人類の残した遺跡群も彼らが作り出した土の下に埋めてきた。化学肥料なしで農耕に適した土地を作ることもできるし、さらには、PCBなどの有害物質も分解し、害虫も駆除してしまう。  最近では、下水処理後のバイオソリッドの無害化にも活用されているという。

もちろん、相手は生き物であり、人間の思い通りにはいかないところも多々あるし、思いもよらない方法でミミズを移動し、本来そこにある生態系を破壊している問題もある。

この、たわいもない生物に初めに関心を示したのがあのダーウィンであったというのも興味深い。

朝、我が家の小さな庭のあちこちにできたミミズの残した小さな糞をみて、少しいとおしい気がしてきた。 コンポストまでは導入できそうにはないが、庭に住んでいるミミズを大切にしてあげようと思う。