「希望のつくり方」玄田有史著 岩波新書2010/12/05 12:58

少子高齢化、日本経済の低迷、格差や貧困の問題、新卒者の就職難、巨額な財政赤字、年金問題などなど、この国では、毎日のように将来に希望を持てないような話題ばかりが聞こえてくる。

本書は、希望学を提唱してきた著者が、このような国に生きる我々に向かって発してくれたメッセージである。 岩波新書にしては珍しく、文体も平易でかつ心に訴えかけてくる本である。

いくつか心に響いた言葉がある。「過去に挫折をしたことがある人ほど未来の希望を語ることができる。」として、自らの挫折体験を語ってくれる。 また、「希望につながり将来的には社会の創造性を高めるような価値のある必要な『無駄』もある。現代社会は、効率という名のもとに必要な無駄を排除した結果、希望を失ってしまった。」として、やはり先輩の教授から教えてもらったエピソードを紹介している。

また、意外に感じたのは、これだけこの国の前に多くの難問を抱え暗いニュースばかりがあふれているにもかかわらず、何と約8割もの人が将来の希望を持ち、また希望がないとした人でも7割の人が幸福と感じている事実である。

本書が発しているメッセージは、表題に現れている。 希望は、与えられるものではなく、自らつくるものである。 そう、大切なのは想像力である。

多くの若者に読んでほしいと感じた。

「デフレ反転の成長戦略」山田久著 東洋経済新報社2010/12/05 13:20

本書は、再び進行しつつあるデフレの要因を分析し、その上でどうすればデフレから抜け出せるのかの処方箋を提示している。

著者のデフレの分析は、企業利益の上昇に比べて、労働分配率すなわち賃金の減少が主要因であり、加えて中国をはじめとする新興国からの安価な労働力を背景とした商品の流入であるとする。 そのなかでは、ユニクロに象徴される価格破壊商法を批判している。

また、我が国労働分配率の減少の背景は、一般にいわれてきたような株主からの要請によるものではないとしている。

このため、日銀の行ってきた量的緩和などの金融機関支援のような対策では、限られた効果しか望めないとしている。

その上で、労働移動性を高めたうえでの同一労働同一賃金や、最低賃金の引き上げ、一層の企業の国際化、公共サービス産業の活性化などを提示している。

原因分析は、緻密でしっかりしたものに仕上がっているものの、残念ながら処方箋には、目新しいものは見られない。今、様々なところで議論されていることの羅列にすぎない。 これだけでは、この国の目の前にある大きな障害を取り除くには限界がある。 加えて、この国には著者の提示する処方箋どころか、デフレの進行を止める手だてもなく、ただ手をこまねいているだけのように思えてならない。

「ゴールドマン・サックス研究」 神谷秀樹 文春新書2010/12/08 21:46

リーマンショックと呼ばれた金融危機からすでに2年。世界経済は、各国のなりふりかまわない財政支出に支えられ、落ち着きを取り戻しつつあるように見える。

本書は、あの投資銀行と呼ばれたうちの一つ、古き良き時代にゴールドマン・サックスに勤務経験した著者が、強欲な企業に変質していったさまと、その儲けのからくりを暴きだし、今のアメリカ経済が抱える懸念材料を示しながら、世界経済はおそらく二番底が避けられないと断定する。

それにしても驚かされるのは、あのギリシャ危機を演出したのは、ほかでもないゴールドマンサックスであったという。そもそも、ギリシャ政府の財政顧問をしながら債務隠しの指南をし、一方で空売りを仕掛けて巨額の利益を挙げたというのである。

また、ルービン、ポールソン、サマーズなどなど歴代の財務長官はいずれもゴールドマン出身者で、グラススティーガル法を骨抜きにしたのも彼らである。

すでに、ポーランド、ドイツなどは、財政再建に舵を切りつつある。一方で、アメリカと日本は巨額の財政赤字をたれ流し続け、財政破綻への歩みをひた走っていると警告する。

両国ともに、ねじれ現象のなか、何も決められずに破綻への道を歩みつつあるようである。 そして、この破綻への道のきっかけは、ほかならぬゴールドマンサックスも一役買っている。

「2020年、日本が破産する日」小黒一正著 日経プレミア2010/12/12 22:02

財政破綻に向かって突き進む今の日本に、斬新な多くの提言を盛り込んだ本である。

新書版ながら、その内容は現在の日本の財政事情から、社会保険の賦課方式の問題点、世代間公平を図るための方策、財政破綻を避けるための提言などなど実に具体的で、検討に値する提言が盛り込まれている。 表題は刺激的だが、その内容は至って冷静に丁寧に問題点を論じている。 加えて、すぐにでも聞こえてきそうな議論の一つ一つに丁寧な反論を示し、むしろ財政健全化を進めている国の方が、成長率が高いことを示している。

本書によれば、すでに、将来世代へのつけの先送りは、一人当たり1億円に達するとされている。 著者の言うように、この国には不思議なくらい危機感が薄い。むしろ、政治家の常套句である「増税の前に、無駄の削減」だとか「成長によって債務を削減できる」とか「埋蔵金の活用」などと言っている場合ではない。 明らかに、このままでは大変なことになる。 表題にその危機意識が現れている。

誰しも、負担を強いられるのはできれば避けたいものである。 しかし、今われわれがやらなければ、子供たちへの先送りどころか破綻への道を突き進むだけである。

著者が最後に記したケネディの有名な言葉が、心に響いてくる。

「科学技術は日本を救うのか」 北澤宏一著 ディスカヴァートゥウェンティワン2010/12/12 22:48

日本人のノーベル賞受賞者が続いている。 あかつきの金星周回軌道への投入は失敗に終わったが、はやぶさの成功は日本人に大きな夢と希望を与えた。

本書は、高温超電導物質の研究者であった著者が、日本経済の長期低迷と未来に希望を持っていない日本の子供たちへの調査結果から、日本の子供たちの科学技術に対する信頼を取り戻すためにも、日本の長期低迷は、企業が国内で新規事業を起こさず技術革新が行われていないこと、そして巨額の国民貯蓄が巨額の財政赤字のファイナンスに回されてしまい、投資に向けられていないことが原因だとする。

その上で、著者の専門分野である高温超電導を活用した日本の進むべき道を描いている。 すなわち、住友電工が開発した高温超電導線を活用した地球規模の電力ネットワーク。超電導リニアモーターカー、高圧線の廃止による電線地中化などなど。

前半の経済分析の中では、過去20年の国別GDPの推移で、1990年までは、アメリカと同じように順調に伸びていたものがこれ以降ぴたりと伸びが止まりアメリカとのかい離が大きくなっていくさまがよく理解できる。 また、特に高温超電導の分野では、すでに実用の域に達しているのは新鮮な驚きであり、日本の進むべき方向性の一つであることは間違いがない。

ただ、前半の議論で気になるのは、旧来のGDP至上主義にのっとった議論である。 国民の貯蓄志向が財政赤字を拡大させたというのも、論理が逆である。

いずれにしても、著者の言う通り、科学技術こそが日本の進むべき方向であることは間違いがない。

「日本の税制」森信茂樹著 岩波書店2010/12/17 07:45

政府が、法人税5%引き下げを決定した。 国際的に割高となっていた法人税を引き下げ、雇用と投資に向かわせようという趣旨というが、租税特別措置のほとんどが残ってしまったなかで、財源不足が生じている。

  本書は、日本の税制について、シャウプ勧告を起点として、その課税理論からその構造、各種税制の現状と問題点まで、詳細に分析しつつ著者の考える方向性を示したものである。

体系的にこの国の税制と、諸外国との比較がなされ、今まさに何が問題なのか浮かび上がってくる。

著者の論点でユニークなのは、一見個人とは無関係に見える法人税もその影響は、グロ-バル化した現在広く国民に及ぶものであることを明確にしている。

また、税による再分配効果はOECD国中最下位、格差の指標であるジニ係数が低いほど一人当たり成長率が高いなどなどここに示される指標には説得力が高い。 さらに、この国の所得税は、各種減税や控除などを通じて、課税ベースが狭く税率が低いという世界に類を見ない形となっているという。

消費税の機能は世代間の公平に資する。逆進性の問題については、給付付き税額控除を通じて改善を図っていこうという昨近の議論の潮流を踏まえたものとなっている。

税の各種理論や国際的な潮流がよく整理されて、税の入門書としてはよくできている。 この国の税制が、いかにいびつなものとなってきているのかよくわかる。

「公共事業が日本を救う」藤井聡著 文春新書2010/12/18 18:54

表題からして、少し距離をおきながら読んでしまう本であるが、興味をそそられたところもあった。

その一つが、統計のまやかしへの指摘である。日本の公共事業費が異様に高いとしている根拠として挙げたグラフに、実は年度が異なる細工がしてあったとか、可住面積あたりの道路密度比較では日本は突出して高くなってしまうが、車の保有台数あたりの道路延長とすると、高速道路ではOECD最下位となってしまうところなどよくとらえていると感心した。

また、今の地方都市の中心商店街のシャッター街化の原因がクルマにあるというのもまったく同感である。

ただ、それ以降の議論となると怪しくなってくる。 とくに、日本が財政破綻しないのは、国民の貯蓄がバックボーンにあるためであるとして、公共事業による景気浮揚を述べているのは、どこかの政治家の議論そのものである。

前半は、多少は納得したものの、後半の議論には残念ながらついていくことができなかった。

「不安定化する中国」三浦有史著 東洋経済新報社2010/12/21 05:25

最近の中国をめぐる報道を見ていると、高い経済成長を背景に有望な投資先との見方、あるいは尖閣問題や日本の防衛大綱への反発など強硬なナショナリズムがみられるなど多様な見方が混在している。

本書は、この中国の社会制度における現状と課題、さらには改革案と将来展望までをも網羅した力作である。

豊富な時系列のデータとグラフを多用し、説得力のある中身に仕上がっている。

ここで浮かび上がってくるのは、都市と農村との格差である。所得格差、医療格差、教育格差、年金などなど社会の根幹を表す指標のすべてで格差は経済発展に伴って縮小するどころか広がりつつある。

一人っ子政策を背景に前例のないスピードで高齢化へ突き進む中国。 そして、階層化が固定し、暴動の発生が増加している上、所得格差増加や汚職の蔓延、社会正義の欠如等安定化のためのメカニズムも崩壊しつつあるという。

また、国内の不安定化を背景に不満のはけ口を外資や外国政府に向けて、多様性を許容しない硬直的な社会になりつつあるという。最近の日本への強硬な姿勢がここに現れている。

いずれにせよ、今までは中国の成長は称賛に値するものではあったが、今後は民主化がカギになるというのが著者の見解である。

客観的に中国という国をみつめて、この国はこれからどこへ向かっていくのか、じっくりと考えることができる好著である。

「日本の農林水産業」 八田達夫、高田眞著 日本経済新聞出版社2010/12/26 06:24

本書は、この国の林業や水産業も含めた農業政策について、「政府の失敗」と断定し、問題を指摘しつつ、具体的な解決策や方向性を明確に示したものである。

それにしても、この国の政府は実に多くの失敗を積み重ねてきたものだと感心する。  国が保護しているのは、主業農家やサラリーマンより所得の高い兼業農家であり、そのため効率の悪い農地が温存されている。そこに、GDPに占める農林水産業の4倍もの予算を投入している。  農地法による参入規制があり、金融事業と経済事業を同時に行っている農協が独占的に事業を行い、かつ金融事業には金融庁検査も入らず公認会計士監査も免れているという。それどころか、農家の数よりも農協の職員数が多いという異常な状況だという。  また、政府はカロリーベースで自給率を計算しているが、金額ベースでは70%と国際的に見ても遜色のない数字が示されている。すなわち、カロリーベースの自給率を引き下げているのは、霜降りの牛肉を育てるためや脂肪分の多い牛乳をつくるためのトウモロコシである。

  以上の議論を踏まえて、著者の提案は革新的である。 米の生産調整をやめ、株式会社や主業農家へ農地を貸し出し、その過程で下落した米価については、戸別所得補償を行うというものである。

林業については、フィンランドの事例を引きながら、保護すべき自然林と資源としての人工林を区分し、収益の上がる林業を検討している。ここでも、日本の林業への補助は、生産性のない林にまで及んでいるために、ほぼ同じ森林面積を持つフィンランドの10倍にも及んでいるという。また、森林組合にもさまざまな特権が与えられ、その役割は本来の役割を離れ公共事業の受注がメインになってしまっているという。

水産業については、早いもの勝ちになっているオリンピック方式が稚魚までも獲ってしまう弊害から資源の枯渇を招いているとして、かつて同様の事態を招いたノルウェーを例に、割当方式への転換を勧めている。ノルウェーでは、資源量が増え収益が上がるようになり、漁船も大型化し設備も立派なものとなり、若者にも人気の産業となっているという。ここでも問題となるのは、事実上の参入規制が与えられている漁業権であり、地元漁業者を優先した結果がかえって漁村の衰退をもたらしたとし、参入意欲があるものであれば誰でも漁業に算入できる環境を整備すべきであるとしている。

産業の構成比に比べて多くの予算を投入しながら、様々な問題点を抱えるこの国の一次産業に、その改革の方向性を示してくれる意欲作である。

「ランドラッシュ」NHK食糧危機取材班 新潮社2010/12/26 07:31

小麦価格がじわりと上昇してきているという。日清製粉は、小麦粉の卸売価格を1月から引き上げるとも聞くが、こういった話は、大きなニュースにはなっていない。

本書は、2008年の食糧価格の急騰をきっかけに加速している中国、インド、韓国などの新興国がウクライナ、アフリカ、などの農地を大規模に借り上げて、現地人を雇用し食糧生産に突き進む姿を取材している。

特にアフリカの取材を見ると、そこに住んでいる住民を追い出し、まるで奴隷のように住民を低賃金で使っている姿を伝え、まるで現代の植民地のようである。

このようなランドラッシュは、かつてアメリカが穀物メジャーを使って世界市場を支配していた力の低下が背景にあるという。

こういったランドラッシュの動きに対し、日本の外務省が国際会議での合意を取り付けたが、これに対する国連の報告官の批判が印象深い。 「これまでの農業開発は、大規模化した資本投入型の農業を推進し、地域に食糧を提供してきた小規模生産者への対応をおざなりにしてきた。小規模生産者は、農業の多様性、生物多様性の維持に貢献し、農村に価格変動や気候変動への抵抗力を与え、環境保全にも役立っている。」

単なる食糧安保では済まされない大きな課題があると感じた。