「女の子脳男の子脳」リーズ・エリオット著 NHK出版2011/01/02 10:18

古今東西の男女の性差についての研究を網羅して紹介し、特に子供を持つ親に向けて書かれた本。 大作である。 過去に、男女の違いについては様々な見解の書物が出されてきているが、それらを包括的にとらえ、客観的に見つめている。 著者の主張は明確で、脳の可塑性に注目し、もちろん生まれつきの男女差はあるものの、むしろその後の環境や教育によって乗り越えられるものであるというものである。

最近では、ジェンダーフリーとよく言われるが、男女の違いに着目しながら、それぞれの個性を生かしたより良い社会づくりに参考になる。 男女の先天的な違いは、それほど大きなものではなく、むしろその後の教育や訓練で十分に修正できるということが大事である。

むしろ男の方が、生まれたときから弱く、言葉の能力も劣る、ドロップアウトも多いなど問題が多いという。 現代は、男性受難の時代の到来のように思えてならない。 すでに、アメリカでは20代の女性の所得が男性の所得を上回っている都市もあるという。 そこで本書では、男の子への指導方法に多くを割いている。

男女の違いを探し出す試みよりも、ともに協力して作り上げていく、多様で調和の取れた社会づくりをしていくという著者の主張に、心を動かされた。

「ユーロ」田中素香著 岩波新書2011/01/06 21:22

ここのところ良く聞かれるユーロ崩壊論への反論の書である。 著者は、長らくユーロ成立までの歴史を見てきただけあって、深くかつ冷静に今回のギリシャ危機を見つめている。

今の危機とこれからを予測するには、ユーロ成立までの大きな苦難の歴史を見つめなければ何も語れない。危機こそが、その質と量の拡大の本質であるとする。 まずその中核にあったドイツとフランスの立ち位置を理解し、その後の南欧諸国の加盟への努力と、各国へもたらした利益の大きさにその要がある。

いまや、世界を駆けめぐる投機マネーに対抗するためには、ユーロという仕組みは、PIGS諸国には欠かせないものであるし、一方で、ドイツのような国にも事実上の割安な通貨による輸出メリットをもたらす。 とすれば、ユーロ崩壊論など起こるはずもないというのが、著者の結論である。

円高に苦しめられている日本からみれば、ドイツの立ち位置はうらやましい限りである。 しかし皮肉にも、この国の危機的な財政状態からすれば、いずれそうなるかもしれない。

「5年後の日本と世界」田中直毅著 講談社2011/01/10 12:07

表題の通り、近未来に予測される日本と世界の姿を描いている。 各節ごとに、コンパクトに予測を示してわかりやすい構成になっている。 大きく見れば、米国は金融大国、中国は世界の生産工場というコア・コンピタンス(競争力の源泉)は揺らぎつつあり、米国は世界秩序への関与能力は低下し、中国は国際社会の中の異質性と国内の権力闘争とバブルや格差問題から硬直した状況になりつつあるとする。そのなかで、世界は「無極」時代に突入すると予測している。

なかでも、日本について触れた第2章に注目したい。どちらかといえば、判断を明確に示さない田中氏にしては珍しく、日本への悲観論に彩られている。

それは、ここのところ多くの識者に見られる予測とほぼぴたり一致している。 すなわち、このまま財政赤字を国債によって賄っていくと、恐らく2015年には、国内での国債消化が不可能となり、金利は急上昇し、外国人による円売りと日本の預金者の外貨買いによる円暴落といった暴力的な「市場の反乱」が起きると予測する。 皮肉にも、ここに至って初めて業界再編と輸出企業の価格競争力の回復、政府債務の実質的な減額が起こる。しかし、この時点では外国人による日本買いが待っている。 恐らく、アジア通貨危機の韓国がそのモデルになるのではないかとする。

もちろん、著者が提示するのはあくまで最悪のシナリオとしてではある。 しかし、本書に提示されたカナダの財政再建のようなモデルは、この国では「弱者への負担押しつけ」とか、「地域社会を壊すのか」といった批判の嵐の中で、困難を極めるのは間違いない。

著者の提示した最悪シナリオでしか、改革への道のりを始めることはできないのかもしれないと感じた。

「超ヤバい経済学」スティーヴン・D・レヴィット、スティーヴン・J・タブナー著 東洋経済新報社2011/01/14 06:53

我々が常識と考えていたことが、実はまったく異なるという事例をいくつも示して、著者が楽しんでいるのが手にとるように見える。

酔っぱらい運転と酔っぱらって歩いて帰るのとどっちが安全か、サメに襲われて死亡する人よりもゾウに踏みつぶされて死ぬ人とどちらが多いか、売春婦の価格はいかにして決まるか、あの有名なナッシュ理論への反証とか、なかば常識とされている二酸化炭素排出規制への公然とした挑戦、さらにサルにも貨幣を扱うことができる研究の紹介、医者がストライキをした方が、死亡率が死亡率が大幅に下がるという事実。 などなど題材はユニークであるが、物の見方は決して一つではないと教えてくれる。

また、ハリケーン対策としての巨大浮き輪、亜硫酸ガスの成層圏への排出による地球温暖化対策など、アメリカらしい壮大な計画の紹介もなされ、実に興味深く読むことができた。

読者に発想の転換を迫ってくる本である。

「残酷な世界で生き延びるたった一つの方法」橘玲著 幻冬舎2011/01/16 14:53

本書は、「努力してもなかなか成果が得られない」という実感を持つひとたちへ、一貫して、非常にわかりやすく明確なメッセージを発している。

人間同士には絶望的なくらいに能力の格差があり、努力によっては簡単に埋めることができないとし、これを解決するための方策を本書は提示している。

一つは、リカードの「比較優位説」。国家間の自由貿易の根拠として重要な経済理論であるが、これを能力格差のある人間にも当てはめることにより、能力に応じた職業選択が可能になるとする。 そしてもう一つは、グローバル市場を舞台とした「評判」である。 日本的経営の特質は、会社内での評判をもとに、強力な解雇規制で守られつつ、過酷な競争をしていくことにあるが、このような世間から隔離された世界(本書では伽藍という)での評判を気にする社会が、過労死や自殺者の多い社会に結びついている。 しかし、人には必ず得意分野がある。フリーな情報空間ができた今(これを本書ではバザールという)、その得意分野を生かし、その分野での評判を得るようにすることが、この世界で生き延びるたった一つの方法であると説いている。

面白い視点であり、賛同できるところもあるが、そう簡単に人は遺伝的な形質のみで、人生を決定づけられてしまうものではないのではないかと感じる。 もちろん、努力によって能力が獲得できないものもあるけれど、人間はもっと環境に柔軟に適応できると信じたい。 もちろん、努力によって救われない多くの人たちにとって、著者のような考えも一つの救いではあるけれど。

このほか、「幸福」について、深く考えさせられた。大富豪と、マサイ族との人生の満足度を調査したところ、ほとんど変わらないという。また、宝くじに当たってからの幸福度は、それ以前よりもむしろ下がるともいう。人が幸福になれるのは愛情空間や友情空間でみんなから認知された時だけである。

加えて印象的なのは「日本人はアメリカ人より個人主義だ」という行動経済学における実証結果である。仲間内では集団主義的にふるまうが、いったんそこから外れると個人主義になるという。 また、別の調査では、アメリカの労働者のほうが日本のサラリーマンよりはるかに仕事に充実感を持ち、会社を愛し、貢献したいという気持ちが強いという。 集団社会が崩れゆく中、この国は一層個人主義が蔓延してゆく。

ここ最近の社会全体の閉塞感に、この国の悪しき伝統が強く表れているように感じる。

「道州制」 佐々木信夫 ちくま新書2011/01/18 22:13

今、この国は未曾有の負債を抱え、国家予算もその半分以上が国債によって賄う異常事態になっている。 国民の間では、消費税を含めた大幅な増税もやむなしという雰囲気が一般的になりつつある。 本書ではこれを、行政機構のスリム化によって支出を削減しようという提言をしている。 道州制に関する多様な議論について、よく整理され、著者のイメージする道州制も提示されており、具体的な姿が見えてくる。 財政力ごとの地域の負担方法も域内生産力に応じた国費分担金システムなど、よく練られている。

特に最終章で披露されるフランスやスウェーデン、デンマーク、イギリスなどのここ最近の世界の自治制度の変革には衝撃を受ける。 これらの世界の動きに対して、この国のなんと緩慢なことかと愕然とする。 立ちどまってしまったように見えるこの国の道州制議論へ、大きな一石を投じてくれる本である。

すでに東北3県では、合併に向けた広域連携の動きが見られるという。 首都圏での排ガス規制に向けた共同歩調もこの動きの一環であるともいう。

あえていえば、公務員の大幅削減による余剰人員は、いったいどうするのであろうか。 本当に道州制だけで、この膨大な負債を精算できるのか。 著者の主張は、理想論すぎるような気もするが、描く方向性は間違ってはいない。

「国家の命運」藪中三十二著 新潮社新書2011/01/22 15:05

最近まで外務省事務次官を務めた藪中氏の外務省での体験記。

日米構造協議でのタフな交渉、北朝鮮の尋常ではない外交戦略、中国とのガス田共同開発に至る道のり、台湾との漁業交渉、地球温暖化対策への各国の激しいやりとり、そしてASEAN諸国との様々な枠組交渉、さらにはTPP問題にも触れておりタイムリーな内容にもなっている。

外交交渉の鉄則から、交渉を成立させるための解決策の提示の仕方まで、実に興味深く読めた。

本書で初めて知ったこともいくつかある。例えばアフガンにおける民生部門での支援活動。なんと500の学校を建て、1万人の教師を養成し30万人の生徒に教育を与え50カ所に病院を作り4000万人分のワクチン供与。650キロの道路を作り、カブール空港のターミナルも作った。と堂々とオバマ政権と交渉している。 こう言った事実などは、マスコミももっと声高に国内にも発信すべきだと思う。

加えて、われわれは普段表面的に日々のニュースを聞いているが、中国や韓国、東南アジア諸国との様々な協定に至る過程が読めて、より深くその背景を知ることができた。

現代の国際関係を知るための必読書とも言っていい。

「超マクロ展望世界経済の真実」水野和夫、萱野稔人著 集英社新書2011/01/22 18:29

歴史的トレンドから、今の混迷する世界経済を読み解こうとする対談集。 おそらく、これからの数十年のうちに起こりうるであろう予測は、精度の高いものに思える。

すなわち、今までの先進国経済は、資源国から安い資源を輸入して得られる高い収益によって、高成長を続けてきた。(植民地時代の収奪の仕組みと基本的には同じ) これが、オイルショックを契機として成り立たなくなり、もはや実物経済ではやっていけなくなり、金融によって利益を上げる仕組みに変化していく。 そして、この仕組みが破たんしたのが、リーマンショックである。 加えて、超高齢化へと突き進んでいく姿も世界の最先端であり、日本の対応力を世界が見守っている。

リーマンショック後の先進国世界の低成長ぶりを見るとき、まさに世界は日本の後を追っているようである。 いや、新興国の台頭による資源価格の高騰を前に、もはや成長はあり得ないと認識し、低成長を前提とした経済モデルを考えていくべきであるとしている。

また、サムスングループの利益の半分は欧米の資本に吸い上げられているという。 これを例に、これからの中国でさえも、その利益の大半は、欧米の資本に吸い上げられるであろうと予測する。

後半では、このような中日本の向かうべき方向を示してはいるが、むしろ前半にある資本主義の終わりを予測しているところに本書の主題はある。

加えて、本書で提示されている、国境を超えて飛び交うグローバルマネーに対して国際的な税金をかけるという発想は、検討の遡上に上げてもいい。

長期的な視点と、グローバルな目線で世界経済を見つめた水野氏の議論には、刺激された。 そして、世界経済の未来は、日本の後を追っているとの視点も、新鮮である。

「電子マネー革命」伊藤亜紀 講談社現代新書2011/01/26 21:31

当初は、利用が進む電子マネーやポイントの話が中心だったが、読み進むうちに世界通貨の話まで至った。 これは、おもしろい。

電子マネーやポイントに潜む問題点と、2010年に改正された「資金決済法」から、近未来に予想されるサービスとして、電子マネーの送金・換金が可能な「電マネ口座」の開設をあげている。

さらに、国際決済が可能な電子マネーの出現を予測し、これを世界共通通貨に準じる仕組みを提言している。 確かに現在の両替と送金の手数料の高さには目を見張る。

架空の話ではあるものの、現代のドル基軸通貨体制も大いに揺らいでいるのは事実である。 著者の提示するCESも、まったくの夢物語とは思われない。 これを叩き台に、大いに議論を深めたい。

新たなビジネスの可能性と、世界を駆けめぐる投機マネーの撲滅にも貢献できるこのような可能性は独創的で、革新的である。

「政権交代の政治経済学」伊東光晴著 岩波書店2011/01/30 08:34

ケインズに関する研究で有名な伊東教授の、日米双方で起こった政権交代後に関する論考を時系列にまとめたものである。

成長優位の時代は終わったとし、環境問題やワーキングプアなどへの政策等民主党への期待感が感じられる第1章。

そこから、民主党は自民党化しつつあるとし、普天間基地移設問題、郵政民営化問題、財政再建問題など検証しつつ、特にアメリカ追従ではいけないとの主張が強く印象に残った。

そのうえで、参院選後について書かれた最終章では、今後の政権運営の困難さを予想しつつも、政権交代のメリットを述べつつ筆を置いている。

必ずしも民主党の政策すべてを評価しているわけではないが、対米追従への一貫した批判姿勢には、耳を傾けたい。