「天使と悪魔」秦剛平著 青土社2011/12/03 16:27

キリスト教に登場する天使と悪魔、死、地獄、そして天国を描いた西欧絵画についてのカルチャースクールでの講義録を、まとめたもの。

テーマからして重い印象を持ってページをめくったが、軽妙な語り口で、ところどころユーモアや例え話も登場してなかなか興味深く読むことができた。
一つ一つの絵画への解釈は奥深くわかりやすい。

宗教画というと中世絵画が主体となるが、意外なことにセザンヌやダリまでも登場する。

また、聖書の世界を描いたもので、著者の手にかかるとどれも生き生きとして伝わってくる。
どこか、漫画を見ているような感覚さえ覚え、親しみが持てた。

著者が最後の章で、天国にまで階層が持ち込まれて描かれているとしているのが興味深い。これは貴族社会を反映したものであろう。
一方で注目したいのは、ハンス・ホルバインの版画が異彩を放っている。
1500年代につくられたものだが、貴族や弁護士、政治家、皇帝までもこの時代に風刺して描かれていることに驚きを覚える。

そして、西欧に特徴的にみられる善と悪などの二項対立的な考えは、もしかしたらこれら宗教からもたらされているとも感じた。

「試練も恵みなり」大山治郎著 新潟日報2011/12/08 21:06

 あのいぼいぼの付いたご飯が付かない「マジックしゃもじ」で有名な曙産業の創業者の自伝である。

 それは、わずか6才で両親が離婚し、大阪から遠くの親戚のいる三条への暗くつらい旅から始まる。
親戚の家での肩身の狭い記憶。
父と幼い弟妹とのささやかな生活とその後すぐにやってる父の死。
生活費のために、学校へも満足に行けずに奉公のような形で、燕の金属加工業へ勤めながら、主の息子が通う商業高校の教科書をもらったり、会社の先輩からもらった本を糧に、知識欲を満たしていく姿。
などなど、想像を絶する場面が随所に現れる。

 戦後、独立を果たし一人で研磨業を開始するあたりから、著者らしさが出てくる。
早くも、この時期に研磨で出る削りかすによる粉塵を集める集塵機を開発する。
しかし、これも話題になって大手機械メーカーが買いたいというとあっさりその権利を売ってしまうのも著者らしい。
 この時期に、青年の主張で県の代表になるところやあの弥彦事件での先頭に立っての救出活動も、人並みはずれた才能とリーダーシップがあったことを示している。

 それでも、36豪雪の時に年越しの資金に窮して、仕入れ先に借入を打診して断られた後の瞬間的に自殺を考えたあたりなどは、本当につらい経験をされたと胸が痛む。
 そういう中でも、同業他社を出し抜いて価格競争に持ち込んだ会社の倒産劇を引き合いに、「価格破壊に繁栄なし」という持論には教えられる。

 その後は、著者の人柄や新しいものを創造する才能もあって、日本そして燕の歴史とともに歩む姿が描かれる。
 メタマーブルという二種類の樹脂が結びついて独特の光り方をする新製品は、従業員が失敗した廃材から見つけたものであり、帝人が数百億かけて開発して特許申請する段になって、著者の工場がすでに製品にしていたことから共同特許になる話などは痛快である。

 それにしても、著者の原点は誰にも頼れない極貧の生活にあった幼少期にあったと教えられた。
 改めて、尊敬したい人物である。

「内部被曝の真実」児玉龍彦著 幻冬舎新書2011/12/11 13:38

国会で放射線に関する専門家の立場から参考人として、強く訴えたのが印象に残る著者による内部被曝の恐ろしさを訴える本。

小さな子供たちを被曝から守ろうと奔走し早くから幼稚園や保育園の除染にあたってきたのが記憶に新しく、あの国会証言全文と質疑応答が掲載されている。

また、チェルノブイリにおける長期にわたる放射線の人体への影響の研究から、ヨウ素131による子供の甲状腺がんの影響と、セシウム137による膀胱がんへの影響の、長期間の微量放射線が明らかに人体に有害であることを日本の学者によって検証されたことを示したいる。

学者によっては、ホルミシス効果とか、閾値という考え方を主張しているが、これには医学的見地から真っ向から否定している。

そして、早くから現場で除染にあたっていた経験を踏まえた具体的提言は注目に値する。

児玉氏が力を振り絞って行った国会での提言を、無駄にしてはならない。

「世界を変えた巨人たちIF」 落合信彦著 小学館2011/12/11 13:46

歴史上に名を残した人物を呼んで会話をするというスタイルで、著者なりの彼らの考え方や現代日本への処方せんを提示する形式の本。

もちろん、選定された人物10人は著者の尊敬する人たちであり、その発言も著者の考え方が示されている。
著者なりの彼らが生きた当時の時代考証や彼らの生涯をコンパクトに切り取って、対話形式にしておりそれぞれ興味深く読める。
また、彼らの口を借りて、著者の日本への提言を行っているところがミソである。

あえて彼らの声を使って代弁させているが、その主張はやや過激である。たとえば、尖閣問題。強硬姿勢を取った中国に対し、日本もあえて自衛隊を派遣し対立関係をつくる。そのうえで、アメリカの出方を探る。アメリカが出れば中国は引き下がらざるを得ないと信長に言わせ、 また、中国や北朝鮮に対しては、原爆をつくりかつその存在をあいまいにしておくことであるとハンニバルに言わせている。
また、日本の政治については、「政治家は国民を馬鹿のままにしておきたい。だから実現不可能などんなことでも約束する。国民は何も考えずにその約束を信じる。このままでは、日本は没落の一途をたどる。」とソクラテスに言わせている。

また印象深いのは、著者が最も尊敬しているケネディの章である。
あのキューバ危機当時、軍部からの圧力に屈せず、フルシチョフとの交渉でミサイルを撤去させた手腕。そして、ケネディ暗殺事件の真相。封印された調査記録が明らかにされる2039年が楽しみになった。

序章で著者が紹介しているヘーゲルの言葉が印象深い。
「歴史が我々に教えることは、人類は歴史から何も学ばないことである。」

「金融が乗っ取る世界経済」ロナルド・ドーア著 中公新書2011/12/12 20:41

戦後からの世界経済を俯瞰し、どのようにして「金融化」が進んできたのかを論理的に分析している。
日独経済とアングロサクソン経済を比較研究してきた著者らしく、日独モデルについて親和的である。

その日本経済については、90年代以降大きく英米モデルに舵を切ったとする。それが、規制緩和、競争原理、コーポレートガバナンス、自己責任原則による福祉国家のスリム化であり、現在の民主党政権の脱官僚、政治主導へとつながっているともいう。

まず、「金融化」の典型的な例として、貿易に伴う実需に比べて為替取引の毎日の取引額が100倍に達していることを紹介し、金融暴走の姿を明確に示す。
また、近年発達した市場予測の価格変動モデルが未曾有の激しさで上昇下降する現実の市場を予測できなかったことを挙げ、「科学的」と呼ばれたモデルの欠陥を指摘している。
実際、イギリスでは金融危機後に国王が経済学はなぜこの事態を予測できなかったのかとの問いに対し、「市場の効率性仮説」を使うことにより、ある一定の条件でしか予測は可能にならないと経済学者が答えていることをこき下ろしている。

リーマンショック直後に世界が抱いた危機感は、各国政府の大量の資金供給により落ち着きを取り戻しつつある今、再び世界経済は金融化の道を歩き始めていると著者は懸念する。
そして金融化の大きな弊害が、短期的な成果を求める株主と多くの成果報酬を求める経営者があいまって、途方もない高額報酬を受け取る経営者が増加していることだと指摘する。
この金融化の流れは、日本も例外ではないと著者は危惧しつつ筆を置いている。

さらにはあとがきで、中国とアメリカとの対立について、日本が果たすべき役割を読者に考えさせる仕掛けをも用意している。

かつて日本経済の強みとされた株式持合いによる長期的資本関係と配当を求めずに低収益で売上拡大を図りつつ従業員の雇用を守ってきた日本的経営の姿は、もはや過去のものとなったが、英米モデルではない新たな日本モデルを再構築していく時なのではないかと考えさせられた。

その意味で、国力の源泉についての二つの考え方を紹介している言葉が印象に残る。
「新しい投資の結果として格差拡大があまりなく、生活水準が上がったか、教育・医療・福祉制度が強化されたか、自国がより住みやすい国になったか」でとらえる考え方と「国民所得の成長率が他国に比べて大きいか小さいか」でとらえる考え方の二つである。

日本でも、後者の考え方が主流になりつつあるように見えるが、もはやそんな時代は終わりにしたい。

「ミシュラン三つ星と世界戦略」国末憲人著 新潮選書2011/12/14 21:21

日本でミシュランといえば、レストランガイドをすぐに思い浮かべる。もちろん、あの独特のキャラクター(ビバンダムというらしい)のタイヤメーカーという存在も想起するものの、すぐには両者は結びつかない。

本書はそのミシュランの創業者のエドワールと兄アンドレから始まる。
当初は自転車のタイヤから始まりモータリゼーションの波とともにその地位を不動にしていく。一方で、アンドレは無料のガイドブックを配布することから始まり、1930年当時からすでに、レストランとホテルに星による格付けを始めている。

今、フランスでは三つ星をめぐるし烈な競争と一方でこれに対する反発も見られる。
 三つ星を獲得するために、腕を磨くシェフもある一方で、星を減らされ自殺する者もいる。
 その料理も庶民には手の届かない高価なものであり、スペインにあるレストラン「エル・ブリ」では分子調理法なる素材がなんだかわからなくする料理が脚光を浴び、今や主流になりつつあるという。

一方で、三つ星とはかかわりなく大衆食堂であるビストロを展開する動きや、せっかく三つ星を受けたにもかかわらず返上する動きがもう一つある。

そして、日本版ミシュランガイドである。
2007年の出版の時は、大騒ぎになった記憶があるがいまや書店でもあまり見かけない。
その原因については、本書でもいろいろ分析している。

しかし著者は、「料理とはそれを出す店と食べる客との二者の関係だけでは完結しない。レストランもシェフも客も食材も『食文化』という体系の中で役割を担うからこそその一つ一つが輝いてくる。」という。 とすれば、ミシュランとはフランスという食文化のうえに咲いた花のような存在かもしれない。
いずれにせよ、庶民にはほど遠い世界であることだけは確かである。

「上野先生勝手に死なれちゃ困ります」上野千鶴子、古市憲寿 光文社新書2011/12/18 23:14

親と子ほどに離れた社会学者二人の対談集。 といっても、二人ともフランクに本音の会話をしていて読みやすい。

意外なことに、上野氏は驚くほど今の日本の社会制度を肯定的にとらえている。
 年金制度は、働く世代が高齢者のために社会的に扶養している制度。したがって、働く世代が減少し高齢者が増えればその時々にあわせて制度設計を変更していくのは当然のこと。若者が、世代間不公平を口にするが、団塊の世代も決して幸せだったわけではない。
 また、介護保険制度はよくできた制度。この制度のおかげで、多くの介護から解放された人たちがいる。
 という流れで、
年金制度については、若者の年金離れが進んでいることを将来の年金難民が発生するとして憂いている。
一方で、介護保険については、もともとは市民運動がきっかけであり、これが医療費削減を図りたい厚生省の思惑と一致して出来上がったものであるとして、その成果を強調している。

また、今の日本の若者が団塊の世代に見られた安保闘争のような社会運動を起こす動きがまったくないことも指摘し、不満があれば行動しなさいと尻をたたく。

本書を通じて、上野節が一貫して聞かれ、けっしてきれいごとではない家族のありようを明確に示してくれる。

あわせてこの国の若者へのたくさんのメッセージが込められている本でもある。

「訣別 大前研一の新・国家戦略」大前研一著 朝日新聞出版2011/12/18 23:38

大前研一による日本再生のための試案。
かつて何度も日本のための処方せんを提示し続けてきた大前研一であるが、ここ最近はいつまでも迷走を続ける日本にあきらめているような言動も多かった。
 そういう意味では、本書は大前の最後の処方せんではないかという気もする。

前半は、大震災以降の迷走する日本を徹底的に批判する。計画停電の愚。メルトダウンはしていないと大本営発表を続けた政府。罰則規定までつけた警戒区域の指定の愚。県単位での出荷停止命令の愚。突然の浜岡原発停止の愚。ヘリコプターによる原発への放水作業の愚。などなど数え上げればきりがないが、すべて大前の言う通りである。
加えて震災後の緊急の危機対応をすべき政府が、政局をもてあそびマスコミもこれに乗っかる構図。
など実に情けないかぎりである。

そして、官僚や政治が混迷しているだけではなく、日本国民自身(そういう私も含めて)も「知の衰退」を起こしているが、その原因は、「偏差値教育」にあるという。
すなわち、この国で行われているのは文科省の学習指導要領に従って用意された答えをきちんとできたかだけを問う教育であり、21世紀に求められる「決断力」「判断力」「行動力」を養うことはできない。

そこで大前は、提言する。
一つは、江戸時代から続く幕藩体制からの訣別。
各県に二つづつ設置されている赤字まみれの空港や、となりの街が水不足でも供給されない水利権などがその典型だという。
もう一つは明治時代に行われた廃藩置県からの訣別。
そもそも都道府県や市町村の定義は、明確なものがないというから驚きである。
また、戸籍法自体も時代遅れの産物で、外国人との婚姻も想定されていない。
そして、三つ目が戦後体制からの訣別。
加工貿易立国という戦後体制の成長モデルや均衡ある国土の発展という美名のもとに推し進められたバラマキ公共事業からの訣別である。

これらと訣別したうえで、実に具体的かつ大胆な提言を後半で行っている。
その中身については、ぜひ本書を読んでほしいが、もはや将来に夢を持てなくなりつつある閉塞感に満ちたこの国に、希望の光を与えてくれるのは確かである。

ただ、残念ながら大前の言う大改革を行う政治家もいなければ、それを受け入れるだけの度量をもつ国民でもないように思う。

そういう意味では、高い確率で予想されている日本のデフォルトの後に想定される大改革と見た方が正しいかもしれない。

「電力自由化」高橋洋著 日本経済新聞社2011/12/18 23:58

3.11後、原発再稼働の見込みはまったく立たなくなり、2012年夏の電力危機が現実のものとなりつつある。
一方で、電力の固定価格買取法案が成立し、メガソーラー発電所の建設の動きなども報道される。

このような中、本書は以前から電力自由化問題について研究してきた著者による最新の電力自由化のための処方せんである。

北欧4カ国やドイツの電力自由化政策を取り上げ、さらにはスマートグリッドの考え方を詳細に紹介し、電力自由化後の近未来の日本の姿を読者にわかりやすく描いてみせる。

東京電力が危機的な状況に陥っている上に、この国のすべての原発の再稼働が困難になりつつある今、著者の言う発送電分離とスマートグリッドが現実のものとして浮かびあがってきたといえる。

1990年代に議論された電力自由化論議では、既得権益に守られた電力会社の反対論が強固なためにほとんど改革が進まなかったが、皮肉にも今回の大事故によって本格的な改革の起爆剤となりうることになった。

本書の提言は、再生可能エネルギーやスマートグリッドという分野への投資を通じて、日本経済の起爆剤にもなりうると確信する。

「文化と外交」渡辺靖著 中公新書2011/12/24 11:37

中国の途上国支援、韓国の文化戦略などここ最近見られるアジア各国の外交戦略が目立っているという。
一方で、日本の「クールジャパン」は、日本のアニメやゲームなどが世界の若者に受け入れられいることから後付けで政府が乗っかったというもので、外交戦略というにはいささか心もとない。
というのが本書の要旨である。

これら、本書でいう相手国世論に直接働きかける「パブリック・ディプロマシー」は、もともとアメリカから始まったという。
その成功例として、ヨーロッパへのマーシャルプランや戦後の日本統治がある。
この政策の源泉が、ルースベネディクトに代表される文化人類学者であったという。
ここで、文化人類学者である著者が本書を書いた意味が見えてくる。

しかし、ここ最近の世界は、インターネットの普及とボーダレス化から、かならずしもこのような国家戦略がうまく行っているとは思えない。
日本のアニメも、たまたまテレビの多チャンネル化に迫られてたまたま放映されたのがきっかけともあるし、アニメそのものが日本のものと認識もされていないともいう。

著者は日本はもっと戦略性をもつべきという主張のようであるが、本書に掲載されている世界における文化の発信度合いに関する国際比較の表には、日本は2010年でさえずいぶんいい位置にいるという驚きの方が大きい。
まして日本は今まで、外来の文化を取り入れてうまく消化することはできても、日本の文化を発信していくことは不得手である。

 無理をせず今のままの日本でいいと思う。