「素晴らしき数学世界」アレックス・ベロス著 早川書房 ― 2012/09/02 09:26
数学にまつわる様々な話題がぎっしり詰まっている。
一般に数学というと、どうも敬遠しがちであるが、本書はページをめくるたびに新たな発見があり、引き込まれる。
たとえば、
人間はもともと数が大きくなればなるほど対数的な感覚を持っている。
シュメール人の60進法が、今の時間の数え方に受け継がれた。
定幅曲線を使ったルーローの三角形の応用でワッツの角穴ドリルが作られた。
3ケタの数列を一定の計算をすると必ず現れる1089の秘密とは。
電卓が現れる前の計算尺の世界の奥深さ。
三次方程式の解法をめぐるタルターリャとカルダーノの物語。
円を正方形化する楕円方程式の不思議とデザインの関係。
様々なタングラムとルービックキューブの発明。
4以上のすべての和は二つの素数の和という未だ解かれていないゴールドバッハ予想。
コンウェイの累乗列やレカマン数列など、いろいろな数列の楽しみ。
最大のメルセンヌ素数の探求と分散コンピューティング。
自然界に存在する黄金比の意味。
そして、何と言ってもエド・ソープが発見したカードカウンティングによるブラックジャックの必勝法とこれを応用した金融派生商品!
また、本書では日本も多く登場する。
そろばんとフラッシュ暗算。
折り紙と、芳賀の定理。
そして、πの計算でチュドヌフスキー兄弟と争った金田康正。
など日本のこの分野でのレベルの高さを物語っている。
我々の生活のあらゆる分野に利用されている数学を、改めて身近なものとして感じることができた。
「自然と権力」ヨアヒム・ラートカウ著 みすず書房 ― 2012/09/08 15:37
人間と自然環境との関係を歴史的に明らかにする環境史について、多面的に論じた大作。
原子力の利用についても、深い考察を論じている。
今回が、ヨアヒム・ラートカウの著作の日本での初めての翻訳というから、なぜ今まで出版されて来なかったのか不思議である。
特に本書では、森林との関わりについての考察が興味深い。
日本の江戸時代における厳密な森林管理についても触れらているが、ドイツでも同様の取り組みがなされていたことが興味深い。
一方で、イギリスやオランダ、スペインではもともとあった豊かな森はみる影もなくなっている。中国も同様である。
特にイギリスでは、木材資源の枯渇が石炭採掘につながり、これが結果として産業革命へとつながっていったというから面白い。
また、植民地における森林破壊の事例もいくつも登場する。メキシコを始めとする中南米のサトウキビ畑では、砂糖生成のために大規模な森林伐採が行われたし、19世紀ニュージーランドでは短期間のうちに森林が跡形もなく消滅した。更には800年頃のヴァイキングによるアイスランド、1000年以上前のイースター島の事例も紹介される。
そしてもう一つの論点が、原子力である。
抑制の聞いた著者のほかの章の文章に比べると、ここでは意外なほどに明確である。
すなわち、原子力はもともと軍事技術を転用したもので、いつでも核兵器をつくれるという姿勢を示すことができる。また軽水炉は、試行錯誤による合理的選択の過程で徹底的に検証されたものではなく、最も早い段階で作られたアメリカの原子力潜水艦の技術を応用したもので、コストは安いが欠陥も多い。
これを、国がリスクを引き受けたことによって通常なら保険費用を抑えるために行われるリスクの軽減策が機能しなくなったと手厳しい。またすでに、「ここでも人間が主要なリスク要因であり、ヒューマンエラーは正確には予測できない。したがって、原子力技術がどのくらい安全または危険であるのかを確信を持って明言できるものなどいない。」と述べていることに注目したい。
そしてヒロシマのような体験をした日本が、自然災害も多いのにかかわらずなぜ多くの原発を抱えるに至ったのかについて、あの事故の3年も前に序文を寄せているのも興味深い。
もちろん、フクシマ後の日本についても強い関心を持ち、原子力にかかわる多くの問題についても、深く鋭い視点から論じている。
そして環境問題についての議論は、「エコ原理主義と人間中心の資本主義」のように多くが二項対立となるが、著者はより高い見地から、見つめるべきだとする。
その例示は幾つも出てくるが、日本における伝統的な沿岸捕鯨についての記述がわかりやすい。
「日本の漁師にとってクジラは彼らの漁場を荒らす海のギャングだった。そこには、クジラを決して深刻な絶滅の危機に晒すことのない沿岸捕鯨がある。それは、近代の遠洋捕鯨に見られるような際限のない攻撃的に拡大するものとは異なる、「成長の限界」と自然資源との持続可能な関わりがある。」
繰り返し読んでいきたい名著である。
「借金人間製造工場」マウリツィオ・ラッツァラート著 作品社 ― 2012/09/09 17:34
資本主義を負債の側面から焦点を当て、新たに定義し直して、その本質をほぼ正確に述べた本である。
見事に、そして的確にこの世界を観察している。
その内容は、現在の金融資本主義においては、私的・公的な債権債務関係の巨大な管理装置が働き、お金がお金を生み出すという価値の自動運動としての働きが、負債のお陰でその限界をなくしていく。つまり、金融資本主義社会にとっての「負債」とは、人間や社会を支配するための道具となった。われわれは負債によって車や住宅を手に入れる代わりに未来の人生を支配され、国家は金融市場に逆らわない政策を取るようになった。
というものである。
貨幣のとらえ方も、われわれの常識とは一線を画する。
すなわち、貨幣はそもそも万能の交換手段として作り出されたのではなく、負債と所有に対する権力の行使から生まれたというのである。つまり、貨幣はその生まれたときから債権という性質を備えていたのである。
さらに注目したいのは後半、現代の資本主義は「生産」が「破壊」と密接不可分に結びついているという主張である。
すなわち、工業生産は消費財の生産を増大させながら空気や土地の汚染を加速化するとともに気候の変動を引き起こす。そして、新製品と称して常に「過剰があるところに欠如を生産する。」
これを著者は、「反生産」と呼ぶ。
デフレと福祉予算のカットによって、負債経済化が進み、大半の人々が自分の雇用可能性、自分の負債、自分の賃金や収入の減少、社会保障費の削減による影響を管理する「自分を経営する企業家」になったとする著者の、新自由主義の解釈は、重い。
そして、
「成長(過剰)というのは、絶対に実現されない実現不可能な幸福の約束である。」
名言である。
「プラスチックスープの海」チャールズ・モア著 NHK出版 ― 2012/09/16 12:03
もしかしたら、二酸化炭素よりもはるかに大きな環境被害を及ぼしているかもしれないプラスチックに関する衝撃的な本である。
要約すれば、世界の海にはいくつかの渦流域が存在し、そこには海に捨てられたおびただしいゴミが浮遊している。そのゴミの中で特に目立つものが、プラスチックである。人間が作り出した重化合物であるプラスチックは海の中では安定的に存在し、微細化しつつも相当の長期間分解されずに存在する。
これが食物連鎖の中に入り込み、海洋生物に様々な悪影響をもたらしている。
そればかりか、イワシや牡蛎などにもマイクロプラスチックは摂取され、これらに含まれるビスフェノールAやフタル酸エステルなどの化学物質がわれわれにも悪影響を及ぼしつつある。
というものである。
本書では数多くの衝撃的な事実が明かされる。
・渦流のマイクロプラスチックの量とプランクトンの量を比較したところ、一つのサンプルでマイクロプラスチックの量が多くなった。重量比では、プランクトンの6倍!という。
・渦流のプラスチックゴミの重量は、沿岸の17倍!もある。
・プラスチックは波や日光や魚にかじられるなどして小さく破砕され1リットル入りペットボトルでさえ、およそ1万2千5百粒になる。
・コアホウドリの幼鳥の死体の97パーセントからプラスチックが見つかる。その代表的なものが使い捨てライターである。
・プラスチックの袋が幽門を塞いで排せつができなくなり死んだ赤ちゃんウミガメ。
・ハダカイワシの35パーセントから、あらゆる色のプラスチックが見つかる。
・2010年座礁したコクジラから、スウェットパンツ、ゴルフボール、外科用手袋、ポリ袋20枚などが出てきた。
・2008年に座礁した一頭のマッコウクジラから圧縮されたネットの大きな塊が腹壁から突き出していた。もう一頭からは大量のネット、綱、袋が詰まっていた。最大の漁網は4.2平方メートルだった。
・海洋汚染の原因の一つは漁業に使用される様々な漁具がプラスチック化していることも一つ。とくに流し網などの漁網による海鳥やクジラへの被害は甚大。また、小型の船が漁網にからまり航行不能や時には転覆事故さえ起こしている。
・沿岸近くのプラスチックぺレットは漂っている毒性化学物質を吸着し、これを海鳥が魚卵と誤認して食べてしまう。
・これらプラスチックは地上では紫外線で比較的早く分解されていくが、海中では水温が低く、藻が付着するなどして容易には分解されず、長期間漂い続ける。
などなど。
家庭のあらゆるところに入り込んでいるプラスチック。特に携帯電話やスマートフォン、パソコンに顕著な尽きることのない新製品の嵐。
そして、経済成長のためにあらゆるものを陳腐化させ、新たな商品を購買させようと仕掛ける大企業。
壊れたら新品を買うのが普通になったどころかまだ使えるものまで廃棄する使い捨て時代。
この資本主義経済の弊害が、こんなところにも現れていると新たな発見をした。
われわれは、この現実を前にどういう行動をすべきなのか、自問自答させられる。
「植物はすごい」田中修著 中公新書 ― 2012/09/18 05:09
植物の特性を、その生き残り戦略から取り上げたユニークな本。簡潔で、とても平易な文章も好感が持てる。
新書ながらその内容は、幅広く、新たな知識を教えてくれる。
・抗酸化物質であるビタミンCは、植物が強すぎる太陽光のエネルギーによって発生する活性酸素を除去するためにつくられた仕組みである。
・酸っぱさや苦み、辛さを持った植物、オクラやレンコン、モロヘイヤなどのぬめり、タンポポやゴムの木の切り口から出てくる白い液体などはいずれも、植物が昆虫からの食害から実を守るために作られた仕組みである。
・森に漂うフィトンチッドの香りも同様に樹木が最近などから身を守るために出している。
・冬越しするタンポポの葉のロゼットは動物の食害を防ぐために地面と同じ高さで芽をつけたものであり、同時に場所取りの役目も果たしている。
・ブルーベリーなどに含まれるアントシア二ン(赤や青)と人参などに含まれるカロテン(黄色)は花の色素で、高山に行くほど花の色が鮮やかになる。その理由は、紫外線が強くなるために活性酸素の害から身を守るためである。
・大根やほうれん草を寒さにさらすほど、甘みが強くなる理由は、糖分を増やすことで凍りにくくするためである。
・ヒガンバナの球根は、リコリンという有毒物質を含んでいるため、墓地や畦に植えてネズミやモグラの害から守った。
などなど
このほか、植物が成長するために必要な物質ジベレリンは日本人が発見した。
とか、温州ミカンは日本でつくられたミカンである。
など日本に関する話も登場する。
また、サボテンやアロエなどのCAM植物は、ほかの植物と違って昼間の水の蒸発をほとんど行わないが、この体温が上昇しない仕組みはわかっていないという。
このほか本書には登場しないが、花が咲く仕組みや光合成の仕組みなど解明されていないことも数多い。
われわれが普通に食べている様々な野菜や果物も、実は植物たちが身を守り、子孫を残すために工夫して身に付けたものを活用させて、それを頂いているに過ぎないことを感じた。
やっぱり「植物はすごい」。
「世界の99%を貧困にする経済」ジョセフ・E・スティグリッツ著 徳間書店 ― 2012/09/23 11:16
常にグローバル経済に一貫して反対の姿勢を取り続けてきたスティグリッツの最新刊。
今回は、金融危機後のアメリカ経済が一段と少数の富裕層に牛耳られ、格差社会に突き進んでいる姿を憂慮し、具体的な処方せんを提示している。
その指摘は
・社会保障分野を含む政府プログラムの削減。
・今回の大不況では、賃金が減らされる一方で多くの企業が利益を確保している事実。
・逆累進課税とレントシーキングによって、富裕層はますます豊かになり、中間層は空洞化し、貧困層が増加。
・金融市場のグローバル化は金融関係者が利益を得る一方で危機のコストを上昇させる。
・貿易のグローバル化は、失業の発生と賃金の低下をもたらしGDPの低下をもたらす。
・最高税率の低下が、富の世襲化をもたらす。
・高水準の不平等が経済の効率性と生産性を低下させる。
・一人当たりGDPは上昇していても、市民の生活水準は悪くなる。医療、教育、環境など収入以外の要因すべてに大きな府つり合いが生じている。GDPは不適切で大きな誤解を招きかねない。
などなど鋭い指摘が数多い。
その処方せんは、全てとはいえないが、今の日本にも当てはまるものが多い。
経済改革として~金融部門の抑制、競争法とその取り締まりの強化、企業統治の改善、破産法の改革、政府の無償供与の打ち切り、企業助成の打ち切り(隠れた補助金を含む)、法制度の改革。
税制改革~所得税と法人税の累進を高める、実効性の高い相続税制の創設。
そして富裕層以外の人々への支援策として、教育へのアクセス権の向上、貯蓄を促す、万人のための医療、社会保障制度の強化。
さらに、グローバル化をもっと均衡の取れたものとする、完全雇用のための財政政策・通貨政策、貿易不均衡の是正などなどいくつもの具体的提言が挙げられている。
特に注目したいのは、行き過ぎた緊縮財政の是正、税制の公平化など、これはそのまま日本への指摘にもつながると思われる。
最終章に挙げられている、トクヴィルのアメリカ社会特有の精神と評価していた
「正しく理解された私利」
という言葉が重い。
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