「ブレトンウッズの闘い」ベン・ステイル著 日本経済新聞出版社2015/02/22 20:14

ケインズとホワイトを中心に進められた議論の過程を主題にしながら、ソ連にも通じていたホワイトや、交渉の過程でその考えが変質していくケインズ、
などなど色々な要素が絡み合って、大作ながらもまるで物語のように読める。

それにしても、ブレトンウッズ体制の骨格が、ここまで時間をかけた議論の末に生み出されたものであったとは新鮮な驚きである。すでに、1941年には戦後の国際金融の礎として連合国間安定基金という構想をホワイトが完成させている。この時点で、今日繰り返し発生するバブルや慢性的な不均衡の論理的背景が内在されていたという。
一方、ケインズ案は意欲的な内容である。すなわち、国際取引は国際精算銀行によって決済される。各国通貨の売買は、新たに創造されるバンコールと呼ぶ銀行貨幣によって決済される。バンコールには上限が設けられ、各国の世界貿易に占めるシェアによって決められる。バンコールが清算勘定の上限を超えると、赤字国は為替レートを切り下げ、黒字国は切り上げる。慢性的な黒字国は超過黒字に対して、一定の利子を準備基金に支払う。というものであったが、当時の米英の力関係から、ほとんど葬り去られてしまう。
端的に言えば、ブレトンウッズとは二つの大戦を経てイギリスがその地位を低下させつつある一方で、アメリカが台頭してその通貨の役割をポンドから奪うために作られた体制であったことがよく分かる。

主題からはややそれるが、ホワイトに関してソ連と通じていた話として、興味深い指摘がいくつかある。
意外にもホワイトは、ハルノートを起草した張本人であり、その裏には、日本をアメリカと戦争させて、有利な立場に持って行こうとしたソ連の意向が働いていたというから驚きである。
また、ドイツ敗戦後のドイツで流通する占領通貨の製造に関して、ホワイトは監督を任され、ソ連にアメリカのプレートのコピーを渡してしまう。結果として、ソ連はアメリカ財務省から5億ドルを奪い取ることになったという。

その後、ドルと金の裏付けを潜り込ませていたためにもろくも崩れ去ってしまったホワイトの考え。それは、世界に十分なドルを提供すると同時に金との兌換性を守るために十分な金を国内で保有し続けるという発想に欠陥があり、世界の金融システムに自動不安定化装置を組み込むものであったともいう。

そして今や、世界の貿易不均衡は拡大する一方である。その最大の黒字国である中国は、いまだにドルペッグ制を維持する。

最終章で著者は、現在の通貨体制にブレトンウッズの当時のような新たな仕組みを生み出す力はもはや期待できないと懸念しつつ、次のように言う。
「1944年に難産の末生まれた制度が、通貨ナショナリズムによってあっけなく崩壊したことを我々は思い起こす必要がある。」

「正義はどう論じられてきたか」デイヴィッド・ジョンストン著 みすず書房2015/02/22 20:19

正義をテーマに、過去の哲学者たちの議論を整理し、グローバル時代を背景とした今日的な正義とは何かを考えさせてくれる著作。

本書の要旨を簡潔に言えば、 もともと正義とは、あらゆる人間は他者と同等とみなされるという考えが基礎にある。ところが現代では、アダム・スミスが近代の富のほとんどが高度に発達した分業の産物である、という認識が社会正義とされ、この富をどのように分配すべきなのかが重要な論点となってしまっている。

すなわち、現代の正義は、社会が自己利益を追求する諸個人の集合としていることに依拠している(これを著者は標準モデルとしている)が、近年の行動経済学によればそれとはだいぶ異なる研究成果が出てきている。

そして、
「今日の、グローバルな関係における組織的な不正義は、・・・多くの不公正な国際的取引の堆積された不正義を矯正する体系的な手段が欠如していることに起因する。・・・むしろその原因は、相互尊重や国境を越える相互性の不在と関わっている。」と批判しつつ、こう主張する。
「人間関係の相互性への強い関心こそが、正義の説得的な理論の最大の特徴になるであろう。」

現代の思想に、新たな風を吹き込もうとしている意欲作である。