「ルーズベルトの死の秘密」スティーブン・ロマゾウ、エリック・フェットマン著 草思社2015/05/02 08:22

大恐慌からアメリカ経済を復活させ、第二次世界大戦を終結に導いたあのルーズベルト大統領が、実は重篤な病(メラノーマの脳への転移)に侵されていた、という謎解きの物語である。といっても、丹念な資料調査と医学的見地に裏打ちされたもので説得力は高い。

とくに注目されるのは、ルーズベルトの死の2ヶ月前に開催されたその後の世界情勢を決定づける重要な会議、ヤルタ会談での彼の状態である。
この会議におけるスターリンの主張で東ヨーロッパを共産主義の国家へと組み入れてしまったのだが、その時のルーズベルトは何とすでに癌の末期(それも脳腫瘍)にあり、正常な判断ができる状態ではなかったと推論している。

なお、訳者である渡辺氏によれば、そもそもヨーロッパと極東における局地戦争を世界大戦に拡大させたのはルーズベルトであるとし、戦後の冷戦体制のきっかけを作ったのもルーズベルトということにもなるという。

歴史にIFはつきものだが、本書に書かれたことが事実だとすれば、色々と想像を巡らせてしまう。
いずれにせよ、情報の透明性が進んだ現代では不可能ではある。

事実は、フィクションよりも面白い。
本書は、ルーズベルトという大統領の人物と歴史に迫る秀作である。

「宇沢弘文の経済学」宇沢弘文著 日本経済新聞社2015/05/03 06:38

「社会的共通資本」という考え方を提示し、日本の経済学者として世界に知られた著者の遺作。

アダム・スミス、ジョン・スチュアート・ミル、そしてヴェブレンまで著者の考え方に影響を与えた経済学者を紹介し、著名な「自動車の社会的費用」をはじめ、地球温暖化、学校教育、医療、金融制度そして、都市問題までを社会的共通資本の考え方で包含し、著者の主要な論考が理解できる。

「社会的共通資本は、官僚的な基準によって行われるものではない。それぞれ独立の機構によって管理される。」
「森林をはじめとして、…その社会的管理組織として歴史的に形成されてきたのがいわゆるコモンズの制度である。」
「経済学が問題とするのは資源配分の効率性だけであって所得分配の公正性という問題は、なんらかの価値判断に基づくものであり経済学の対象とはなり得ない。しかし、この効率性をのみ基準とすること自体一つの価値基準に基づいている。現実には、所得分配の不平等化に伴って多くの深刻な社会的な問題が起きているのにもかかわらず経済学の客観性をのみ追求しようとするのはもともと経済学者の志向してきた社会的な監視とは離れるものである。」
「このように、大きな経済的精神的損失を他の市民に与えながら自動車利用者が自ら負担する費用はそのごく一部分にすぎない。」
「ブラジル政府は、アマゾンの長老たちに特許料を支払う制度を新たに作った。ところが、アマゾンの長老たちはこぞってアメリカの製薬会社から特許料を受け取ることを拒んだ。自分の持っている知識が人間の幸福のために使われることほど嬉しいことはない。その喜びをお金に変えるというさもしいことはしたくないというヴェブレン的な理由からであった。」
「公共的輸送機関の整備によって、都市における生活の自動車依存度を大幅に低下させることが、エネルギー効率、社会的環境の安定化に必須の条件である。特にジェイコブズの「アメリカ大都市の生と死」の主張に対して耳を傾ける必要があろう。」

こうしてみると、早くから従来の経済学では対応が困難な分野について、望ましい社会のあり方について、継続して提言をし続けてきた偉大な経済学者であったことが改めてよくわかる。
先生の考えが、今後も継承されて行くことを期待したい。

「『衝動』に支配される世界」ポール・ロバーツ著 ダイヤモンド社2015/05/05 15:47

主にアメリカの資本主義の過程をたどりながら、行き着くところまで行ってしまった感のある資本主義の問題点を的確に描き出している。

すなわち、現代では個人がその時々の「欲しいもの」を与えることを主眼とした社会になってしまっているとし、長期的に社会が必要とするものを提供するのが下手になっている。そして、そこから生み出される富はもはや全ての階層を豊かにするものではなく、安定的かつ幅広く分配されることもない。
あのピケティの著作と全く同様の主張がなされる。

なぜこのような時代になってしまったのか。著者は、アメリカの歴史を丹念にたどっている。
ヘンリーフォードが作り出した大量生産の時代から始まり、これが売れなくなると、GMにみられるように毎年のモデルチェンジと多様な車種構成によりヴェブレンのいう顕示的消費を作り出すことに成功し、さらにクレジットという手段まで編み出した。
さらに1980年代になりアメリカ経済に陰りが見え始めると新自由主義が台頭し、株価との関係では、株価が下がり割安となっている企業を買収して不採算部門を閉鎖し、大規模なリストラをして解体して売却し多額の利益を上げる手法が横行、これに対し企業側は防衛策として株主価値を最大化することが企業の主たる目的となった。特に、デジタル革命以降この傾向は顕著となり、高額な役員報酬と短期的利益の追求、そして大量の自社株買いにより株価を維持するようになった。
この過程で、消費者の「社会からの撤退」が一般的になり、自分自身への関心と個人の自由への関心が高まる一方で、団結やコミュニティといった古い概念は廃れていった。
街では大型店があらゆる商品を提供し、顧客に対して、単なる「消費者」になる効率の良さを提供して、ほとんどの人はこれを喜んで受け入れ、零細な小売業者は淘汰されていった。
そして、今や
「病気の人のほうが健康な人より価値がある。なぜなら病気の患者からのほうがはるかに多くの売り上げが得られるからだ。また、シャッターの降りた小さな街は活気のある街よりも価値がある。なぜならグローバルな大型チェーン店が非効率をまた一つ削減したということだからだ。さらに森林破壊や限度額まで使い切ったクレジットカード、大気中の二酸化炭素の上昇、処方薬乱用の拡大などそのすべてが成長としてカウントされる。…一方で、商業取引を含まない活動、たとえば高齢者センターでボランティアをする、外食せずに自宅で料理することを子供に教える、子供にゲーム機を与えて放っておかずに一緒に遊ぶ、これらはGDPを増やすことはない。」
これが今、アメリカをはじめ日本など先進国で進行しつつある現象である。
これを著者は「インパルスソサエティ」(衝動に支配される社会)と呼ぶ。

しかし著者は、最後に著者は希望を込めてこう述べている。
「おそらく最も希望の持てる兆候となっているのが、不平等に関する怒りと議論が高まっていることだ。金持ちと貧しい人の間に開いた大きなギャップを前に、私たちはコミュニティと民主主義が脅かされていると感じている。」

「衝動」で支配される今の消費社会に、一石を投じた意欲作であり、本書の問題提起が広まりを見せることを期待したい。

「6度目の大絶滅」エリザベス・コルバート著 NHK出版2015/05/10 20:10

著者は、地球規模での過去の生物の大量絶滅は5回あったが、現代は6度目の大量絶滅が進みつつある時代であり、その絶滅を引き起こしているのは、ほかならぬ人類であるとする。

本書では、今まさに進みつつある人類による大量絶滅の実例をいくつも取り上げている。
まずは、キュヴィエによるアメリカマストドンの絶滅の発見。これは、ちょうど人類が北アメリカ大陸に進出していった時代と軌を一にするという。
また、北ヨーロッパから北アメリカに広く分布していたオオウミガラスは、簡単に捕まえられることとその味の良さや羽毛、燃料用に使われ、19世紀までに絶滅した。
さらに、産業革命以降の二酸化炭素の大量排出により、海水面近くの水素イオン濃度は低下を続けており、その影響を真っ先に受けるのがサンゴに代表される石灰化生物である。このまま海の酸性化が進めば、2050年までにはサンゴ礁は生き延びることはできないだろうとする。
そして、アマゾンの森林破壊。アマゾン流域の森林開発と引き換えにその半分を保護するという計画で進められてきたが、ここの孤立した森林では生物種は減少し続けるという。

もう一つ本書で興味深いのは、生物の絶滅と進化に関わる先駆的な研究者たちの足跡である。
あのダーウィンも、キュヴィエ、ライエルによる地質学研究に刺激を受けて、種の誕生と消滅にかかわる偉大な理論を構築するのに至ったというのは興味深い。

いずれにせよ、われわれ人類があの大隕石による大量絶滅の時代に引けを取らない規模の生物大絶滅を引き起こしつつあるという著者の主張は説得力がある。
そして、最終章の次のような言葉が印象的である。
「一番大切なのは人類の存続ではない。」

本書は、生物を含む地球資源を浪費しつくしつつある人類への警告の書と受け止められる。
重い課題をわれわれに突き付けている。

「世界に冠たる中小企業」黒崎誠著 講談社現代新書2015/05/10 20:15

日本の企業数の99。7%を占める中小企業。その中で優れた技術を持つ中小企業を取材した本。

他の追随を許さないペンチやニッパを製造しているマルト長谷川工作所、
カニカマ製造機で世界シェア70%を持つ宇部市のヤナギヤ、
繊維機械の主要部品であるスピンドルで高度な技術を持ち世界トップシェアを奪還する勢いの阿波スピンドル、
受注平均ロットが5個で粗利益率50%を誇るバネメーカー東海バネ工業、
多能工を多く抱えパイプの製造で世界トップの技術を有している武州工業、
口腔内カメラで米国シェア85%を持ちカプセル型内視鏡も開発したアールエフ、
徹底した社外ネットワークを活用しながらナノ単位の分析装置で世界で圧倒的シェアを持つエリオニクス、
機械式位置決めスイッチで世界シェア70%を有するメトロール、
プリザーブドフラワーで世界シェア30%の大池農園、
新幹線にも使われる高い精度を持ち世界標準の素子を製造するニッコーム、
使用済みフォトマスクの研磨で高い技術を持ちアメリカのニューズウィークにも紹介された秩父電子、
そしてホンダジェットなどに使われる航空機用の部品の継続的な納入を決めた中小企業のネットワークJAN。

などなど、数え切れないほどの多くの元気な中小企業が登場する。
そこには、業歴が500年を超える老舗企業や、夫婦二人で立ち上げた企業、倒産の危機から復活した企業など多くの物語もある。

中小企業支援に携わる人はもちろんだが、多くの人に手にとってほしい本である。
マスコミではほとんど報道されない、一般的なイメージとは異なる日本の元気な中小企業が見えてくる。

「モビリティーズ」ジョン・アーリ著 作品社2015/05/17 20:48

本書は副題にある通り、徒歩、鉄道、自動車、飛行機などの物理的な移動と、ネットワークなどのバーチャルな移動を総称してモビリティーズパラダイムとする新たな社会科学を創設しようとした意欲作である。

とりわけ本書の中で興味を引かれたのは、現代におけるモビリティーズがもっとも顕著な形で示されている自動車に関する章である。

すなわち、
われわれが自動車移動という手段を持ったことが、20世紀の資本主義を象徴づけるものとなったこと。
それは、ほとんどの家庭において住宅関連支出に次ぐ消費項目であること。
自動車産業は、裾野が広い関連産業や道路、ガソリンの供給施設、大型商業施設、都市デザインに至るまでわれわれの社会生活に深く入り込んでいること。
そして、余暇、通勤、行楽の際の主な移動手段であること。 さらに、大量の環境資源を浪費し、桁外れの死傷者を生み出していること。
以上から、
自動車そのものが一つの文化となり自動車移動による時間と空間の再構築がシステムとして自動車移動のさらなる拡大を生み出していること、
とし、
あの宇沢弘文氏と同様の論を展開している。

それは以下に見られる議論に象徴される。
「いわゆる運転の自由は、自動車という巨大かつ強力なものをコントロールする自由を伴う。つまり、1トンのものが高速で動き…自動車は、人を死に追いやる力を有しており、実際に予測不可能な規則性の下で人を死に追いやっている。」
「この運転する自由には驚くばかりの不平等が付きまとっている。毎日3000人が自動車事故で死んでおり、3万人が負傷している。衝突事故は2020年までに世界の疾病損傷ランキングの第3位になりその犠牲者のほとんどは実際には自動車を所有していない。ここで注目されるのは、衝突事故は偶然に起きているのではなく、自動車システムの特性であるという点である。」

そして、来るべきポスト自動車社会までも見通している。
それは
地球温暖化の進行、石油資源の枯渇、交通政策の変化、新たな燃料システム、カーシェアリングの普及、自動車の脱私物化、通信との融合などの動きから、おぼろげながらも、多元的で密度の濃い移動形態となるだろうとし、
「ちょうどインターネットと携帯電話が爆発的に普及したように、ポスト自動車への転換も予期せぬ形で現れるだろう」と予測している。

そしてまた、著者は「会うこと」の重要性を説いている。
「本章の議論に欠かせないのが、社会学における「会うこと」の地位を復権させることであり、とりわけ会うことで社会的ネットワークがどのように形成されるのかを見ることである。」
ここでは、対面で話すことの効果が説明され、現代の組織や集団の中では決定的に重要だと説く。

本書は、移動という視点から現代社会を眺めつつ、極めて興味深い議論が展開されている。

グローバル化した現代における新たな社会科学の構築ともいうべき本である。

「ノー・タイム・トゥ・ルーズ」ピーター・ビオット著 慶應義塾大学出版会2015/05/25 20:44

本書は、長年にわたりエイズの撲滅に尽力してきた著者の活動の記録である。
アフリカの現場に入って、エボラやエイズなど未知の病と闘い、自ら医師として治療をし、そして国連内に組織を立ち上げ、多くの反対の中様々なエイズ撲滅プログラムに取り組む彼の行動力には、圧倒される。

本書の中で特に感服したのは、当時高価な薬であったエイズ治療薬を、製薬メーカーを説得して、10分の1の価格にするとともに、インドの後発メーカーにも働きかけて、ついには現地の人でも入手できる価格にまで持って行かせたことである。
また、このような国連内の組織であっても、資金面では弱い立場にあり事務局長であった著者自ら奔走して各国から資金集めを行っている姿にも驚きを覚える。

いずれにしても、絶望的なまでに感染が広がっていたアフリカで、多くの成果が上がってきたのは著者の行動力の成果であることは間違いがない。

なお本書の冒頭には、エボラも著者がかなり早期の段階で現地に入り、発生地の近くの川の名前からエボラと名付けた由来も出てくる。
エボラについても、エイズと同様撲滅に向けての力強い足取りが図られることを期待したい。

そして著者のような志が高く行動力のある人物が、この世界にいることに安心感を覚える。