「人類50万年の闘い マラリア全史」ソニア・シャー著 太田出版2015/06/27 20:40

本書は、表題のとおり人類とマラリアとの壮大な闘いを描いた大作である。
ほとんどの日本人にとってはあまり馴染みのないこの病を知るきっかけにもなる本である。

本書を通じて教えられてことがいくつもある。
すなわち、
現在、年間2億5000万人から5億人が蚊の媒介によってマラリアに感染し、100万人の死者が出ている。そして、予防法も治療法も知られているのに、この病気は、未だに人類を苦しめている。

その理由の一つが、マラリア原虫の薬剤耐性の獲得である。
南米のキナの木から取れるキニーネ。貴重なこの種子をオランダがインドネシアで栽培し莫大な利益を手にしていた。
神の薬とも呼ばれていたこの薬に、やがて耐性を持つ原虫が現れる。 インドネシアを日本軍が占領し、キニーネの入手が困難になると、ドイツの化学者がクロロキンという代用薬を開発する。
しかしこののクロロキンにも同じように耐性を持つ種が現れる。
そして、戦後の大量のDDTの散布。一時はマラリアの感染地域が大幅に縮小したが、これにも、やがて耐性を持つ種が現れた。
さらに、古代中国の医薬品から選別したアーテミシニンの開発と多くの偽薬の登場。国際基金は、ノバルティス社に働きかけこの薬の薬価を引き下げ、大量に準備をしたものの、発注したアフリカの国は少なかった。
いま、マラリア対策としてとられているのは、日本の会社が開発した殺虫剤処理した蚊帳であるという。

このように、マラリアのしぶとさには目を見張るものがある。
そして、樹木の伐採によって、サルだけに寄生するとか考えられていたマラリア原虫が人間にも感染しているのが発見されたり、合衆国でも感染者が発見されたりするなど、この病への懸念はくすぶり続けている。
そういう意味では、われわれ日本も、人ごとなどと言っていられないのかもしれない。

「世界を動かす技術思考」木村英紀著 ブルーバックス2015/06/27 20:45

本書はシステム思考の入門書ともいうべき本で、特に日本におけるシステム思考の弱さと、その重要性を説いた本である。

システムについては、具体的かつ分かりやすい説明がなされており、詳しくは本書を手にしてほしいが、本書を通じて強調されているのは、日本におけるシステム思考の弱さである。

例えば、標準化はシステム思考と表裏一体とされ、部品の規格は互いに整合していなければシステムにならないとされるが、日本の失敗例として、VTRの日本統一規格ができなかった例や、三次元CAD、ロボットなどを挙げている。

もちろん、プリウスのハイブリッドやコマツのKOMTRAXなどの成功例も紹介されているものの、最終章の日本の課題とする指摘は、耳が痛い。

そこでは、日本のロボット技術の敗北として、アメリカにおける手術ロボットを例に、日本の最も得意とする内視鏡が使われていながら、日本のシステム技術の弱さを示す典型的かつ深刻な事例として、憂慮している。
もうひとつが、電子タグ。日本が早期に技術開発をしながら、その標準化は、アメリカのEPCにさらわれてしまった。
さらに、スマトラ沖大地震の教訓がほとんど生かされなかった東日本大震災などの防災システムを指摘し、システム思考の重要性を説く。

あとがきでも触れられているが、ドイツではすでにインダストリー4.0が本格的に始まっている一方、日本の産業技術のシステム化の弱さばかりが目立っている。
いまこそ、われわれ日本人もシステム思考を学ぶべき時である。

「無理・無意味から職場を救うマネジメントの基礎理論」海老原嗣生著 プレジデント社2015/06/27 20:52

いわゆる中間管理職向けに書かれたマネジメント論。とはいえ、この手の著作にしては珍しく、具体例と理論が見事に噛み合って非常にわかりやすく、実践的な著作に仕上がっている。

例えば、
「仕事は楽しい、という状態をつくる。つまり、社員の内発的動機を高めると社員は自ら頑張るようになる。」
「与えた目標が簡単すぎたり、難しすぎた場合には、次の目標を再設定する。マネジメントの本質は、目標を随時変更して、ギリギリの線を保つ。」
「上司は部下にぴったりな目標を与え、逃げ場をなくし、どうやったらいいかを示していくのが仕事。」
「思う存分やれなどという言葉は、従来からそういう風土のある中で発せられなければ意味がない。上司は言葉を発する前にその下地である風土を整えなければならない。」
「組織のフラット化によって今の役職者は昔よりも仕事量が増えている。骨太で、誤解なく相手に伝わる方針と、それを受け取る人が自分の裁量の範囲で、指示をより詳細設計していく分業体制が必要になった。そのためには、部下が物怖じせず、ものが言える上司であることが必要。」
「合理的条件や外部誘因などでいくら生産活動をコントロールしようとしても、インフォーマルグループの作る空気には勝てない。インフォーマルグループを味方につけ、部下の本音を吸収し、こちらの指令の緩衝材になってもらうそういう配慮が必要。」

そして、「指示や判断の根源がコアコンピタンス」の章では、コアコンピタンスの5条件を提示しつつ、JINSの再生を例に挙げ、選択と集中ではコアコンピタンスの先細りを生むとしつつ、会社が永続的発展を続けるためにはコアコンピタンスが生かせる新たな領域を見つけるために多事業に分散投資をしていくことも重要と説く。

さらに、日本型経営の特徴として、ギリギリの線を与え続けることと、将来の見通しがクリアというモチベーションサイクルがそのままキャリアパスの下敷きとなって、日本企業の強みとなっていると分析している。

各章の最後にその理論を研究した人物とその内容が紹介されているのも学習の補助となる。

中間管理職だけではなく、組織論を学ぼうとする人たち全般にもお勧めしたい本である。

「ファルマゲドン」デイヴィッド・ヒーリー著 みすず書房2015/06/27 21:16

現代の製薬会社が、新薬を売り出すために不都合な臨床試験結果の隠蔽やデータの改ざん。さらには、新たな病気を作り出して、医薬品の販売増加のためにあらゆる手段を使って取り組んでいるかを暴き出した衝撃的な著作。
これは、アメリカの事例であるが、日本における現状も大差はないのではないかとも思ってしまう。

製薬企業の販売促進のために、いかに無駄な薬が開発され、投与されているかの事例がいくつも出てくる。
・まずは、著者の専門分野である精神科における抗うつ薬SSRIの処方の現状である。アメリカでは、治療投与の問題があり医師が妊娠中の女性にもSSRIを投与し、重大な先天性欠損症や流産の危険性を高めているという。
・もう一つ驚いたのは、喘息の診断に使用されるピークフローメーターの登場により、本来治療の必要のない人たちまで吸入薬を処方されているが、その薬はプラセボ投与群より死亡率が高いという事実。
・それから、血中コレステロール値が少しでも上昇しているとスタチン系薬剤を投与される現状。心血管系のリスクのない人がこの薬を使うとむしろ死亡率が増加するという。
・もう一つ、更年期の女性に対するホルモン補充療法。これは、乳がんを引き起こす可能性が指摘されたため一旦売上が減少したが、新たに骨粗しょう症に適応するという販促キャンペーンで売上を回復させたという。
・さらに、糖尿病の予防として血糖値が少しでも高いと血糖降下薬が処方されている現状。この血糖降下薬にも超過死亡率の問題があるという。

また、現代の統計的手法によるエビデンス全盛にも疑問を投げかける。
骨折とは全く関係のない場所にギブスをはめて比較しても有効な結果が出てしまうという極端な事例を示して、今の製薬企業が行っているのもこれと同じだとその問題点を指摘する。
また、SSRIなどの抗うつ薬が自殺を低減するエビデンスは全くない事実も示している。むしろ薬によっては、自殺を増やしてしまうとも指摘する。

こうした問題の背景には、すでに新薬の開発に限界が生じているため、製薬企業の性格が市場で販売する薬のマーケティングを行う企業に変わったことであるという。

現状の医薬品業界の極端な例えとして著者は、製薬業界とタバコ業界は同列と指摘し、
もし現在のブロックバスター薬が店頭で販売されるようになったら、製薬業界はタバコと同じくらいの宣伝を行い、同じくらいの害をもたらすことになる。とすれば、ブロックバスター薬にもタバコと同じ警告文を記載したほうがより安全なのではと皮肉を込めて指摘する。

今の製薬企業の実態が浮き彫りにされている注目すべき著作である。