「コネクトーム」セバスチャン・スン著 草思社2016/03/13 20:52

脳の仕組みは神経回路のネットワークにあることを明らかにする、最先端の脳科学について学ぶことができる本。

本書ではそのネットワークを「コネクトーム」と呼び、「遺伝子があなたの全てではない。あなたはあなたのコネクトームなのだ。」という新たな知見を提示する。
つまり、脳の神経回路〜コネクトームは、ニューロン同士のお互いのつながりを強めたり弱めたりすることで接続の重みを調節(再荷重)し、お互いの接続を変え(再接続)、枝を伸ばしたり引っ込めたりし(再配線)、すでに存在するニューロンが除去されたり新たにニューロンが作られたりする作り変え(再生)などによって脳(個性、知能など)が形作られていくというものである。

本書では、このコネクトームの構造を解析しようとする試みについて多くを割いている。
その可能性も大きい。
精神障害への治療法や脳のコネクトームからコンピュータシミュレーションするというとんでもない構想までも紹介され、さらには生命の起源までも探求することにつながるという。
この途方もない可能性を秘めた「コネクトーム」研究には期待したい。

加えて、改めて、学習や経験こそが脳の働きを高めていることが本書を通じてよくわかる。
幾つになっても、人間は成長することができるのである。

「パクリ経済」k・ラウスティアラ、C・スプリングマン著 みすず書房2016/03/13 21:05

本書は、著作権がなく基本的コピーフリーな業界であるファッション、料理、コメディ、そして金融について取り上げ、コピーフリーがイノベーションにとって大きな役割を果たしてきたことを明らかにする。

まずはファッション産業。
ここでは、ファッションサイクルがそのカギになるという。ファッションは地位財としての役割があり、新たなデザインが一般的にあるとその特権性がなくなる。ここでコピーは、ファッションサイクルを加速する燃料としての役割を持つという。

続いて料理。
ここでも、レシピは基本的にコピーフリーである。そのことが、イノベーションを活性化させ、必ずしも有害ではない、むしろコピーの氾濫にもかかわらず、シェフたちはコピーは創造性を殺してしまうとして急速に創造性を発揮し続けているという。ここで注目するのは社会規範という考えである。

そして、著者はオープンソースという視点を提示し、ウィキペディアとマイクロソフトの例をあげ、オープンソースのすなわちコピーフリーの百科事典が大企業の事業を打ち負かしてしまうという視点を提示する。

本書の主張は、ますますアイデアが中心になっている経済にとっての今後のあり方に深い示唆を与えてくれる。
イノベーションのためには、コピーフリーが大きな役割を果たしている。

著者は言う。
「コピーは深刻な脅威だという広く信じられている考え方とは裏腹に創造的産業をもっと広い視野でしっかり眺めてみると模倣がイノベーションと共存していることがわかる。コピーのおかげで栄えてきたのだ。」

「21世紀の不平等」アンソニー・B・アトキンソン著 東洋経済2016/03/13 21:13

ピケティの師と呼ばれるアトキンソンの注目すべき著作。
ピケティとは異なる視点で現代世界の不平等の要因分析と対策をきめ細かく論じている。

著者は、第二次世界大戦後のジニ係数の減少に注目し、その要因として、戦後の世界各国の社会保障制度と累進課税の効果、賃金のシェアの増大、個人資産集中の減少、政府介入と団体交渉による収入の散らばりの縮小を取り上げている。

一方、現在はどうかといえば、国民所得に占める賃金のシェアは縮小し、利潤のシェア(ピケティの言う資本)が増大している。

そこで著者は、問題点の分析よりも行動のための提案に力を入れている。
その提案は15にものぼり、読者にその議論を委ねている。
その多くは、具体的で、実現可能性の高いものばかりである。

その中で、注目したい提案がいくつかある。
・世代間の不平等拡大の改善手段としてすべての人々に資本給付を行う。
・最高所得税率を引き上げる。これについては、現代の経営層への異常に高い報酬の防止策にもなるという。
・児童貧困の減少のため全児童に対し相当額の児童手当を支給する。
などなど

これらの議論への予想される反論について、主要国での不平等とGDP成長率を取り上げ、現実には不平等と効率の間には負の相関はないと論じている。

本書は、これらの提言を各国政府に求めつつ以下のような言葉で締めくくっている。
「こうした問題への解決策は私たちの手中にある。今日増えた豊かさを使ってこうした課題に取り組み、リソースはもっと不平等の少ない形で分け合うべきだと認めるなら、楽観論を抱く理由は十分にあるだろう。」

世界的に不平等が拡大している今、ピケティとともに注目すべき著作である。

「イーロン・マスク 未来を創る男」アシュリー・バンズ著 講談社2016/03/13 21:28

スペースXとテスラモーターズを創業した人物についての評伝。
とにかく、久々に出てきたアメリカを象徴するようなスケールの大きな人物である。

1971年南アフリカ生まれの45歳であるが、すでにその人生は波乱万丈と言っていいほどである。
17歳でカナダに渡り、その後アメリカで95年にZIP2という飲食店などを紹介するベンチャー企業を立ち上げる。その後99年にコンパックコンピュータに2200万ドルで売却。すぐにXCOMというネット銀行を立ち上げる。またもイーベイに売却。高額の資産を手に入れ、少年時代の夢であった、宇宙ビジネスに進出する。これが2002年。
そして、度重なる爆発事故や資金難など多くの困難を乗り越えてようやく2008年9月に、打ち上げを成功させる。NASAとの契約を成し遂げ、驚異的な低価格でロケットを打ち上げる民間宇宙ビジネスの会社として地位を築き上げている。

もう一つの顔が、テスラモーターズである。こちらもリチウム電池を使った電気自動車を作り上げ、直販制度というユニークな販売方法をとり、高額な価格ながら、アメリカではマツダと同等の受注を確保している。

それにしてもマスクの野望は凄い。
宇宙ビジネスでは、世界最大の搭載物を運搬可能なロケットをすでに実験中で、将来的には月への商業ロケットの打ち上げを計画し、さらに火星をも目指すという。
電気自動車は、世界最大のリチウム電池工場を建設し、将来は3万五千ドルで、走行距離は800キロ以上を目指すという。

壮大な夢を次々と実現していく姿は、まさに現代のアメリカンドリームそのものである。