「経済史から考える」岡崎哲二著 日本経済新聞出版社2018/03/31 05:55

★★★☆☆

日本経済について、経済史の立場から見えてくる問題点を浮き彫りにし、未来へのヒントを与えてくれる好著。通説にとらわれず、かつ具体的資料に基づく説得力のある内容である。

本書は、いくつかの論文から構成されているため、一貫性に乏しいが、それぞれ独立しているためどこから読んでも著者の見方が見えてくる。

本書で特に注目すべきは、「アベノミクスをどう評価すべきか」。高橋是清の時代と対比して、見事にアベノミクスの「効果」と問題点を暴き出している。すなわち、高橋財政ではマネーストックを表すM2が大幅に増加したのに対し、異次元緩和ではマネタリーベースの大幅な増加に比べてマネーストックはほとんど増加していない。また、為替レートへの影響については、高橋財政、異次元緩和共に円安誘導に成功しているものの、実体経済への影響となると高橋財政では輸出数量変化が情報にシフトしているのに対し、異次元緩和では目立った変化は起きておらず大きく異なる結果となっている。アベノミクスは長期の低成長の中で実施されており、すでに有効求人倍率も改善されていることから、本来の意味での景気対策は必要ないと断じている。

続いて第2章「マクロ経済政策の是非」。1900年代日露戦争によって国債残高は一時GNP比70%まで増加したが、その後の歳出拡大圧力に対してプライマリーバランスの黒字を維持したのは、明治維新の元勲のバックアップがあったからであるとする。また戦前の高橋財政では1930年代以降景気回復に伴って銀行貸し出しが増加に転じると財政支出の削減に努めた。一方今日の日本では元勲のような立場になりうる存在は見えず、景気が回復しているのに一向にプライマリーバランスは大きくマイナスの状態から脱していない。

そのほか、戦前期の経済発展メカニズムを分析した「経済成長のための戦略」において、TFP分析を踏まえて、今の日本の低成長の背景にあるのは、企業のIT投資の不足により流通や金融などの分野において米国に大きく遅れをとってしまったことがその一つであると分析する。さらに労働者一人当たりのGDPの成長率は定常状態では技術進歩率に等しく、持続的な経済成長のためには、技術進歩が必要であるとする。

また「ガバナンスと組織運営」では、戦前の日本は富裕層の存在が大きく、リスクマネーを株式市場に供給してきたほか、その投資額を背景として企業統治にも積極的に関与し社外取締役として経営者に助言を与える立場であったほか、積極的に企業買収を行うと共に強固な企業統治体制が取られていたともいう。

そして、「歴史からの洞察」では、マイクロクレジットと同様の仕組みであった戦前の日本の農村における優れた金融システムとして産業組合を紹介している。これは地縁と人的な関係に基づいて融資先の人物の属性に関する主観的評価を行い、数値化することにより、信用評価を行っていたものであるという。

戦前の我が国の経済政策や金融システムに焦点を当て、未来を見通すための視座を与えてくれる。実り多い著作である。

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