「経済成長とモラル」ベンジャミン・M・フリードマン著 東洋経済新報社2011/08/23 22:15

ここ最近、GDPの規模ばかりを追い求めても社会全体の幸福感は変わらない。むしろ、ブータンに代表されるような幸福度指数のような指標を検討すべきであるという声が聞こえる。

しかしながら本書は、これらの議論には真っ向から反論する。
すなわち
経済成長は、物質面だけではなくモラル面でもプラスの効果をもたらす。
過去に比べて生活水準が向上しているという実感が、社会全体に開放性、寛容性、公正さ、デモクラシーへ向かう動きを生み出す。
というのである。

これを、著者はアメリカの歴史から解き明かしている。
そして、今のアメリカは高所得者と資産家に偏った減税をしていると批判し、より多くの国民が生産性と生活水準の向上を実感できるようにするようにすべきだと主張している。

国民の実感できる持続的な経済成長と社会的寛容さが結びついているという著者の主張は、長らく低成長にあえぐ日本と金融危機後のアメリカとヨーロッパにとって強いメッセージとなっている。

ただ、高成長を続ける新興国については、いまだ社会的寛容さが進んでいるとは思えない国もある。
われわれは、まだ答えを見つけられないようである。

「世界の運命」ポール・ケネディ著 中公新書2011/08/23 22:27

あの「大国の興亡」の著者ポール・ケネディにより2007年から2011年にかけて書かれたエッセイ集。

この間世界金融危機が起き、オバマが誕生し、新興国が力をつけ、商品相場が高騰し、そしてソブリンリスクと通貨安競争が始まった。

これらの出来事の都度、著者は鋭い考察を示してくれる。
たとえば
・米国は全世界のGDPの2割を占めているがドルは7割を占めている。この不均衡の是正の動きは近い将来起こるだろうと2009年に書いている。
・また、地球温暖化に関する報告書や今世紀の中ごろまでにアジアが興隆するというような統計の報告には疑問を呈している。
・さらに、ロシアは出生率と死亡率の両面から人口学的にみて崩壊の危機に瀕しているとする。
・そして、アメリカで進む「お茶会」運動にも、内向き志向を強めているとして懸念している。
・また、オバマ政権に関しては、せいぜい船のマストを修理するくらいのことしかしていないと酷評している。

そしてまさに今、リビアのカダフィ政権が倒れようとしているが、中東世界の未来は決してバラ色ではないと筆を置いていることは何やら暗示的である。

「東日本大震災復興への提言」 東京大学出版会2011/08/30 22:11

震災後ほぼ1カ月経過した時期に識者によって書かれた様々な論考を集めたもの。
 時期が時期だけに、多くの著者が未曾有の大災害を前に見えない不安感に覆われていた当時の緊迫感が伝わってくる。

とはいえ、5カ月経過した今も人々の不安感が落ち着いてきたのみで、復興への青写真は何も描かれてはいないに等しい。そう言う意味では、本書の様々な提言は現時点でも検討に値するものが多い。

いろいろな意見がある中で、本書で共通するキーワードは、宇沢弘文教授の「社会的共通資本としてのコミュニティ」である。

復興は中央で作るのではない。
もっと、地域の声に耳を傾けたい。

「グローバルプレイヤーとしての日本」北岡伸一著 NTT出版2011/08/31 20:55

国連次席大使まで務めた国際政治学者北岡氏による日本現代外交論。

日本人にしては珍しく、内向きではなく国際的視点に立脚して書かれた好著である。

いくつか、教えられるところがある。
日中間の歴史を共同研究しようという取り組みを提案しているが、「政府ができることは現在と未来のことである。政府の仕事から歴史問題を取り除くことによって日中間の外交関係を発展させることができる。」

アジアでの歴史和解が遅れているという議論について、
「中南米ではインカがスペインによってほろぼされた。インカに限らず今一世界で大きな紛争が起こっているのはかつての植民地統治の後遺症が残っている地域である。」
とし、むしろアジアのほうが和解への道のりは決して困難ではないとする。

また、集団的自衛権に関する議論には常識的視点に立った解釈を主張しているし、国際社会においては何よりその国力に見合った役割を発揮すべきという著者の意見は、説得力もあり傾聴に値する。