「原発危機の経済学」齊藤誠著 日本評論社2012/01/28 14:39

あの事故以来、原発に関連する多くの本を読んだ。
そういう中で本書は、原発の構造、放射線、電力、東電問題などをほぼ網羅し、科学的知見も深く、廃棄物の処分も含めた経済学的側面までも検討した力作である。

前半は、軽水炉の構造を大量の水のイメージ(毎時100万キロワットの原子炉で必要とされる冷却水は毎秒20トン、荒川や多摩川の水量に相当する!)に重ね合わせ、通説にあるような非常用炉芯冷却装置がたとえ稼働したとしてもくまで応急措置であり、運転停止直後は毎時30トンというレベルの水がなければたどる道は同じではないか、いやそれどころか津波が来る前に相当大見なダメージを受けていた可能性も指摘する。
いずれにせよ、今回の事故は「大津波⇒電源喪失⇒炉心溶融」という図式だけではないことを指摘する。

また、ベントについても詳しい。もともと福島第1原発にはベント用の排気管は設置されておらず、チェルノブイリ事故を受けて1999年に設置された。しかし、欧米ではウェットベントに加えてフィルターも設置し周囲への放射性物質の拡散をぎりぎりまで抑えようとしていたのに対し、日本ではフィルターを設けていなかった。というのは、周辺への放射性物質の漏洩をおそれてベント自体に消極的だったというからお粗末である。

さらに本書で秀逸なのは、核燃料サイクルと高速増殖炉のコスト計算である。一般に我々は核燃料サイクルによって、プルトニウムを再利用し産出される核廃棄物を大幅に削減できると信じさせられてきたが、そもそも高速とは中性子のことを呼ぶのであり、プルトニウムの増え方はあくまでゆっくり(倍増するのに48年!)でMOX燃料を作るコストはウランの10倍にも達するという。

また、事故後早くから示されていた東電の損害賠償スキームについては、純粋に会計処理の面からみて、まず無理だろうと予測する。

著者の見解を総合すると、
軽水炉発電は現状維持か時間をかけて縮減。
使用済み核燃料の再処理と高速増殖炉は撤退。
東電は、更正会社として株主及び債権者は応分の負担を負う。
東電はその電力設備を売却しおそらく天文学的になるであろう賠償責任専門の会社とする。
一方、国は事故処理とフクシマ再生に取り組む。
というようなものである。

いずれにしても、ここまで原発を作ってきてしまっている以上、原発推進にしても脱原発にしても無責任な主張であると著者はいう。
一方で、原発が立地している地域の住民は、原発立地に際して電力会社が説明してきた「絶対に事故は起こらない」というロジックはありえないと理解するしかないともいう。

多くの文献をに裏打ちされた高い知識と、飾らない文章に好感が持てた。
そして、この言葉が胸に響いた。
「ロジックを積み重ねることで本質を見るのではなく、レトリックを連ねることで、他人をそして自分を欺いてきたことの代償は、電力会社も政府も原発を受け入れた地元も、そして原発に依存して日常生活を過ごしている市民も必ず支払わなければならない。」