「リーダーなき経済」ピーター・テミン、デイビッド・バインズ著 日本経済社2015/02/01 20:33

現在の世界経済を混乱状態にあると分析し、ケインズのスワンモデルと囚人のジレンマを使いながら、多角的に分析し、世界経済を危機から救うための処方箋を示す大作である。

その処方箋のために、著者は歴史と向き合うことを示し、イギリスの世紀が終わりを告げるところから始まる。それは、まさに現代が、アメリカの世紀の終わりを告げているのとと呼応しているという著者の見立てによるものである。
この中で、著者が注目するのは、ケインズである。
ブレトンウッズ協定のための構想について当初は反自由主義、保護主義的なものであったことを明かす。その考え方がある時点で国際市場と国際均衡を図る考え方すなわち国際マクロ経済モデルへ転換する。
つまり、経済をうまく運営するための政策目標は対外均衡と対内均衡の両方を達成することでなければならないというものである。その結果生み出されたのが、今日のIMF、WTO、世界銀行である。
これに加えて、戦後の世界経済の復興に役立ったのがマーシャルプランであるが、意外なことに当初は議会からの猛反対があったという。それでも、このプランが実行されたのは、共産主義への対抗というところが大きかった。これを著者は囚人のジレンマによる説明で、うまく解き明かしている。

その後、20世紀後半になると、他国の経済力がアメリカに近づき、結果としてアメリカの賃金に低下圧力がかかり、所得階層別の格差が拡大していった。同時に規制緩和と民営化からなるワシントンコンセンサスと呼ばれる政策によって、金融セクターが力をつけより一部の業界に利益をもたらすことになった。本書で示される所得階層別のシェアの変化のグラフやジニ係数の変化のグラフなど明確に格差拡大が見て取れる。そして、規制緩和と民営化の流れが、世界に広まっていった。
そしてこの流れに、とどめを刺したのが、世界金融危機であり、これがアメリカの世紀の終焉であると著者は断定する。

続いて、ユーロ統一に至る過程とユーロ危機について詳細な分析がなされる。ここで著者は、ケインズが学んだ教訓をヨーロッパは生かしていないとする。その問題点は、インフレの抑制すなわち金融政策のみに依存している点、財政政策を持たない点、賃金の管理が各国に任されていた点、金利水準が域内で同一水準にされた点という4つの構成要素を指摘し、インフレターゲティング以外の構成要素はことごとく失敗だったと断言している。これは、1930年代の金本位制の失敗と類似すると指摘し、その解決策としてはケインズのいう清算同盟のような組織が必要であると断言する。すなわち、ECBが最後の貸し手としての役割を追うことを提案している。

続いて、世界で進む貿易不均衡である。ここで著者は世界の短期金利が0%になり、アメリカの需要が激減し、中国の内需も低迷している単純化したモデルを提示する。ここで生じるのは、世界中で繰り広げられる通貨安競争である。まさに今進行しつつある各国の量的緩和政策である。

そして、最後に囚人のジレンマのモデルを使って、協調的なシナリオ、一国主導型のシナリオ、非協調的なシナリオの3つを提示する。

著者は、アメリカとヨーロッパの諸国(たぶん日本も)は、20世紀の過ちを繰り返すことを目的としているかのようだ、と懸念している。

ここ最近の世界経済的危機から落ち着いているかのように見える今こそ、本書の提示する懸念は重く大きい。

「幻滅」ロナルド・ドーア著 藤原書店2015/02/01 20:47

知日家で知られる著者の最新作。著者はすでに90歳だが、その筆致は衰えを感じさせないどころか、戦後の日本を良く知る著者だからこそ言える現代の日本への憂慮を述べている。

以下、本書から抜粋する。
「今でも、大変親しい日本人の友人がかなりいる。その友人たちとの再会だけでなく毎日の生活で・・・日本は依然として住み心地がいい国である。しかし、私の対日観を変えたのは、その後の憂うべき右傾化である。」
池田信夫の「論壇の勝者だった丸山は政治においては敗者であり高度成長期には反時代的だった福田(恆存)が今となっては勝者である。・・かつて丸山と福田が論じたような深さにおいて現在の日本の行き詰まりを問う論客も無くなった今、我々にできるのは彼らを読み直すことぐらいだろう。」というコメントに対して「全く同感。」
「先進国といっても、・・・農村における日本社会のルーツをかなり意識していた社会で、平等主義的社会連帯意識がまだ強い国だった。」
「イギリスでサッチャー、米国でレーガンが新自由主義革命を始めて、通産省や大蔵省に米国でビジネススクールや大学院でMBAを取ってきた新古典派経済学に洗脳された世代の役人が課長・局長に昇進する時期から日本は変わり始めた。」
「1980年代になると、能、浮世絵、建築、茶道などの工芸美術を誇る日本でなく、また、かなり平等的な、社会連帯意識の高いことを誇る日本でもなく、ただ、富と権力の日本を誇りにする傾向が見えてきた。」
「90年代の中頃、新自由主義の本質は、日本の伝統的な和の精神と正反対に、国民全体の福祉の最大化は、個人の利益追求を競争市場でぶっつけ合わせて、争い合わせて初めて得られるという信念だといえよう。」

戦後70年という節目の今、日本を良く知る外国人が本書のような憂慮(というより表題の通り幻滅)を表明していることに注目せざるを得ない。

「21世紀の貨幣論」フェリックス・マーティン著 東洋経済新報社2015/02/08 08:06

古今東西を駆け回り、マネーがどのように生まれたのか、その歴史と理論をめぐり独特の世界観を示しながら深く考えさせる、刺激的な本である。

本書は、ヤップ島のフェイと呼ばれる石貨から始まる。一見原始的に見えるこの貨幣が実は、高度の発達したマネーであることを明かす。
「取引は盛んに行われるが、取引から生まれる債務は取引の相手との間で相殺される。相殺後に残った債務は繰り越されて、次の交換に使われるがフェイそのものは交換されることはない。」
「ケインズは、ヤップ島の住民はマネーの本質を明確に理解していると称賛したが、フリードマンも同様に賞賛している。20世紀を代表する二人の経済学者の賞賛を勝ち取ったとなれば、これは何かあるはずだ。」

著者は現代のマネーへの考え方に決定的な役割を果たしたのが、ジョン・ロックであり、彼の考え方を現代まで引きずっていることが問題だとする。
17世紀のイングランドでは、完全重量銀貨が流通していたが、金属の市場価値が上がると硬貨ではなく銀として取引されてしまうために、貨幣の流通量が減少した。このため、銀の含有量を減少させる提案がなされたが、ロックはこれに反対する。結果として、硬貨の流通がなくなり、デフレに突入する。
銀がなくなると今度は、ポンドを金の一定重量を表現するものとして再定義したのである。
すなわち、ロックは、マネーを金や銀などの実物の価値のある物と結びつけるというこのロックの貨幣観が、市場に鑑賞しないことを合理的な人間の倫理上の義務として扱う経済学に引き継がれていったと著者は言う。
この考えを引きずっている経済学はマネー社会の不安定さを生む社会と政治の問題に対する答えを出すことができないでいるとしている。

一方、著者は独自の視点で著名とはいえない人物に注目する。
1人は、14世紀のスコラ学派のニコル・オレーム。
彼は、それまでの貨幣は君主のものという考え方を、マネーを使用する共同体全体の所有物だとした。金融政策には富と所得を再分配する力や取引を抑制したり刺激する力があることから優先するべきは君主の歳入ではなく、共同体全体の商業活動であると説いた。

また著者はあの史上最大の詐欺師とも呼ばれているジョン・ローに注目する。すなわち、初めて貨幣を一定量の貴金属との交換という裏付けを断ち切り、ペーパーマネーとした人物であるという位置づけとしてである。
つまり、「すべての所得と富は生産性の高い経済から生じる。マネーが究極的に表現するのはこの所得に対する請求権だけである。ところがこの所得は不確実である。リスクをベールで覆い隠すのではなく、マネーを使うすべての人にリスクをはっきり示してそれをすべて負わせるというエクイティマネーの誕生である。」

また19世紀、金融危機下にあったシティを描いた「ロンバード街」を著したバジョットも登場させる。それは、以前の古典派の抽象的な経済学とは異なり、マネー経済の現実に合わせて理論を構築していること、金融を出発点としている経済学であるという認識である。
そして、信頼を基礎として成り立っているが故に、大事件が起きれば信頼がほぼ崩れ去る懸念もある。つまり、信頼と信任という社会に内在する属性が非常に重要であり、ここにそれまでの経済学と大きく異なる視点があるとする。
このため、マネーの安全性や流動性に対する信任が揺らいだときにいつでも無制限に貸し付ける用意を整えること、これが予防的な金融政策の原理原則であるとしたのである。
そしてこの認識が、今回の世界金融危機の際の参考になったという。

最後に、著者の改革案である。
これはフィッシャーの提言を取り入れ、マネーと金融を抜本的に改革するというものである。すなわち、ナローバンキング制とし、銀行は預金者が引き出したり支払いに使う決済預金のみを取り扱う小切手銀行として分離し、それ以外の業務については、国の支援や監視を一切受けない。約束が守られなければ投資家は救済されない。
そしてもう一つ。現在のマネーをめぐる問題は、その背後にある経済学を一から作り直す必要があるともいう。
加えインフレターゲティング信仰を捨てよとする独特のの貨幣観を提示する。「たくさんの国で金融の不均衡が持続不可能な次元に達している。この債務の山を時間をかけて解消とするやり方は政治的に不可能だし、経済的に望ましいことではない。数年間高インフレを起こすか債務そのものを再編することがこの問題に直接対処できるようになる。」

著者は最後に言う。
「マネーを管理しているのはあなただ。」

「21世紀の資本」トマ・ピケティ著 みすず書房2015/02/11 21:33

言わずと知れた世界的ベストセラーである。
その厚さを感じさせない内容で、一気に読めた。
やはり、話題の本だけあって、多くの問題提起と、斬新さが織り交ぜあって、非常に考えさせられる点が多い。

まずは、独自のデータに基づくグラフとその説明が非常にわかりやすい。
なおこのデータの出典は、ネット(http://cruel.org/books/capital21c/)で見ることができる。

加えて、国民所得の解説から始まり、資本所得比率の定義、そして資本収益率rまで、経済学の教科書とでも言って良いほど、経済の基本から解説しているために専門書にもかかわらず非常に読みやすい。
それまで理論上の経済学を実証的に初めて分析したクズネッツ(彼の手法が本書の基礎になっている)や、ハロッドドーマ理論やソロースワンモデル、トービンのqなど、数式モデルを多用した理論の世界ではなく、現実の各国経済などにあてはめて丁寧に端的に解説する。また著者は、表題のとおりマルクスを意識してはいるものの、これは成長率がゼロの特殊なケースと切り捨てている。

興味をそそられたところはいくつもあるが、
まず、産業革命以来の世界の成長を表した図表によれば、1700~2012年の一人あたり世界の成長率は年率平均わずか0.8%しか増えていない。しかし著者は、年率がわずかでも、時間の枠組みを変えると大きな差となって現れることを明かす。そして、戦後の世界経済の高成長が続くと考えるのは幻想にすぎないとも述べる。

また、公債について1810年台のイギリスが国民所得の200%に達していたが、民間資本は安定し、30%を切るまで1910年までかかったことに触れている。ここでリカードが登場し、莫大な公的債務を抱えていても、ある集団が別の集団に負う債権にすぎないとする。まさに現在の日本に通じる。
また、EUのマーストリヒト条約を批判し、公的債務総額を制約するのは合理的根拠がないとして米国やイギリスとともに日本も例にあげている。

もう一つ、日本についてはドイツと並び、国民所得の70%の純外国資産を蓄積し、均衡資本所得比率が非常に高くなっており、第二の危険性(政治的緊張の可能性)を示しているとしている。

そして、あのr>gを示し、現在は不労所得生活者社会から経営者社会になっていると指摘し、特にこの傾向はアメリカで顕著であると断定する。
加えて、20世紀を通じて各国の保健医療・教育・社会支出の増加は社会国家の構築を反映したものであるとし、高等教育へのアクセス、賦課方式の年金制度の改革、公的債務の問題など今の日本にも通じる議論の後、累進税と世界的な資本税の構想を披露する。

本書の分析結果と提言について、不完全で不十分だと断った上で、多くの議論をしてほしいとしている点は好感が持てる。
また経済学者である著者が、経済学は科学ではなく、社会科学の一分野に過ぎないとしている点も興味深いし、全く同感である。

本書がもたらした多くの問題提起が、世界の政策に影響を与えることに期待するとともに、今後の経済学へも大きな影響をもたらす著作となることを確信した。

「オーガニックラベルの裏側」クレメンス・G・アルヴァイ著 春秋社2015/02/17 08:43

ヨーロッパにおけるオーガニック農業の実態を調査し、その問題点をあぶり出し、持続可能な有機農業とは何かを考えさせてくれる著作。

まずは、大規模に有機養鶏を行っているの農家の実態。使用している鶏は一般の養鶏と変わらず特定の性質を持たせたハイブリッド種で、ケージでの密飼いも変わらず、異なるのは飼料のみだがそれも栄養が不足するため、従来飼料を混合している。
有機野菜でも、規格に合わない形のものはスーパーからは不合格品とされ、店頭には並ばない。
有機野菜に使用されている種子も、ほとんどがハイブリッド種子。すなわち、特定の性質を持つ大量生産向きの大企業が開発した種子を使用しているため、土地それぞれに適合してきた在来種はほとんどない。 つまり、効率的に大量生産して、大量の化石燃料を使用し、スーパーで販売していることになんら変わりはないというのである。

そこで、著者が勧めるのは、地域に根ざした分散型の小規模農業である。そして、これら小規模農業を消費者と結びつけるのが、地域に根ざした食料品店である。
著者はわれわれに問いかける。
「私たち消費者の役割はなんだろうか。どうすれば、スーパーに対抗し、その壁を打ち破ることができるのだろうか。」
と批判的消費者になろうと呼びかける。

最終章では、具体的な行動策も示される。
必要なものを買う。
地域と季節を考慮する。
廃棄せずにボイコットを。
ニッチ市場を利用して支援する。
自分で作る。
代替システムを構築する。
情報を集め、広める。などなど

オーガニックが最も進んでいると思われるヨーロッパでさえも、このような実態であることに驚かされるとともに、日本で進む農業の効率化と大規模化に真っ向から反対の議論を展開していることに興味をそそられる。

もしかしたら、日本の小規模農業は、これからの農業のあり方にとってむしろ必要なのではないかとも思われる。
最終章で著者は主張する。
「これからも世界中のすべての人に持続的に食糧を供給できるのは小規模農業だけだ。」

「科学で勝負の先を読む」ウィリアム・パウンドストーン著 青土社2015/02/21 06:19

人間の予測はあてにならないが、そのウラをいかに読み取るかによって、いかに勝負に勝つか、その手法をまとめた本である。
ということは、この本を読むことによって、勝負に勝つことが可能になるかもしてないと思わせてくれる実用書でもある。

少しだけ、本書で示された勝ち方を披露しよう。
・じゃんけんの勝ち方、チョキが出る場合が一番少なく、パーが有利。 ・◯×テストでは、◯が正解となる場合の方が多い。
・四択テストの場合は、Bが正しい場合が一番多い。
・上記のいずれでもない、と上記のすべて、の選択肢は正解である可能性が突出して高い。
・テニスのサーブは、腕時計を用いて打つ方向をランダムに変える。
・サッカーで、チームが負けているとき、ペナルティキックのキッカーは、自分の右側へ蹴る。
・パスワードは、一つの強力なパスワードを作り、サイト名の最後の文字をとって、標準のパスワードの先頭につける。
・PINで人気のない数字は、6、7、8、9、0で始まる。
・1から10までの数から一つ選ぶよう求められると7を選ぶことが多い。
・ベンフォードの発見によれば、最初の一桁の数字が現れる比率は1が最も多く一定の比率で徐々に減少して9が最も少ない。
このため、偽造された数字は、この分布から外れる。
・きりのいい数の少し上を行くと得をする場合、二桁目は0が多くなり9が少なくなる。
・株式の長期投資は、PERに注目して24で売り、15で買うと仮定し、1881年に1000ドルの元手で投資すると、2383万ドル!(同じ期間国債に投資した場合は、1万8700ドル)。
よって、単純に言えばPERが24を超えたら売り、15を下回ったら買い。

これらの中で、最も興味を惹かれたのは、ベンフォード数である。
多分、偽造を見破る手段としてはすでに取り入れられているものと思われるが、人間が簡単にはランダム化ができないことを示していて非常に興味深い。

そして、私のささやかな株式投資にも、応用してみようかとも・・・

「ブレトンウッズの闘い」ベン・ステイル著 日本経済新聞出版社2015/02/22 20:14

ケインズとホワイトを中心に進められた議論の過程を主題にしながら、ソ連にも通じていたホワイトや、交渉の過程でその考えが変質していくケインズ、
などなど色々な要素が絡み合って、大作ながらもまるで物語のように読める。

それにしても、ブレトンウッズ体制の骨格が、ここまで時間をかけた議論の末に生み出されたものであったとは新鮮な驚きである。すでに、1941年には戦後の国際金融の礎として連合国間安定基金という構想をホワイトが完成させている。この時点で、今日繰り返し発生するバブルや慢性的な不均衡の論理的背景が内在されていたという。
一方、ケインズ案は意欲的な内容である。すなわち、国際取引は国際精算銀行によって決済される。各国通貨の売買は、新たに創造されるバンコールと呼ぶ銀行貨幣によって決済される。バンコールには上限が設けられ、各国の世界貿易に占めるシェアによって決められる。バンコールが清算勘定の上限を超えると、赤字国は為替レートを切り下げ、黒字国は切り上げる。慢性的な黒字国は超過黒字に対して、一定の利子を準備基金に支払う。というものであったが、当時の米英の力関係から、ほとんど葬り去られてしまう。
端的に言えば、ブレトンウッズとは二つの大戦を経てイギリスがその地位を低下させつつある一方で、アメリカが台頭してその通貨の役割をポンドから奪うために作られた体制であったことがよく分かる。

主題からはややそれるが、ホワイトに関してソ連と通じていた話として、興味深い指摘がいくつかある。
意外にもホワイトは、ハルノートを起草した張本人であり、その裏には、日本をアメリカと戦争させて、有利な立場に持って行こうとしたソ連の意向が働いていたというから驚きである。
また、ドイツ敗戦後のドイツで流通する占領通貨の製造に関して、ホワイトは監督を任され、ソ連にアメリカのプレートのコピーを渡してしまう。結果として、ソ連はアメリカ財務省から5億ドルを奪い取ることになったという。

その後、ドルと金の裏付けを潜り込ませていたためにもろくも崩れ去ってしまったホワイトの考え。それは、世界に十分なドルを提供すると同時に金との兌換性を守るために十分な金を国内で保有し続けるという発想に欠陥があり、世界の金融システムに自動不安定化装置を組み込むものであったともいう。

そして今や、世界の貿易不均衡は拡大する一方である。その最大の黒字国である中国は、いまだにドルペッグ制を維持する。

最終章で著者は、現在の通貨体制にブレトンウッズの当時のような新たな仕組みを生み出す力はもはや期待できないと懸念しつつ、次のように言う。
「1944年に難産の末生まれた制度が、通貨ナショナリズムによってあっけなく崩壊したことを我々は思い起こす必要がある。」

「正義はどう論じられてきたか」デイヴィッド・ジョンストン著 みすず書房2015/02/22 20:19

正義をテーマに、過去の哲学者たちの議論を整理し、グローバル時代を背景とした今日的な正義とは何かを考えさせてくれる著作。

本書の要旨を簡潔に言えば、 もともと正義とは、あらゆる人間は他者と同等とみなされるという考えが基礎にある。ところが現代では、アダム・スミスが近代の富のほとんどが高度に発達した分業の産物である、という認識が社会正義とされ、この富をどのように分配すべきなのかが重要な論点となってしまっている。

すなわち、現代の正義は、社会が自己利益を追求する諸個人の集合としていることに依拠している(これを著者は標準モデルとしている)が、近年の行動経済学によればそれとはだいぶ異なる研究成果が出てきている。

そして、
「今日の、グローバルな関係における組織的な不正義は、・・・多くの不公正な国際的取引の堆積された不正義を矯正する体系的な手段が欠如していることに起因する。・・・むしろその原因は、相互尊重や国境を越える相互性の不在と関わっている。」と批判しつつ、こう主張する。
「人間関係の相互性への強い関心こそが、正義の説得的な理論の最大の特徴になるであろう。」

現代の思想に、新たな風を吹き込もうとしている意欲作である。