「乾燥標本収蔵1号室」リチャード・フォーティー著 NHK出版2011/06/04 10:08

本書の表題は、大英自然史博物館の中でも最も奥まったところにある雑多な乾燥標本が収められた場所のことである。
読み進むに従って、その意味が明らかになっていく。

内容はその副題の通り、迷宮ともいうべき博物館の研究者たちの紹介であり、実に楽しい。

著者は、専門が三葉虫の研究者であるが、なかなかどうして他の分野への造詣も相当に詳しい。
著者の専門である化石のみならず、魚類、寄生虫、線虫、植物、珪藻、昆虫、石(宝石類も)などなどあらゆる分野が紹介される。中でも、鉱物については毎月20~30種が新種として承認されているというから驚きである。また、呪われた宝石の話を読みと、カラーページの写真を見るのも怖くなってくるという仕掛けもあったりする。

さらに、人物観察力が秀でている。個性のある研究者たちを実に多彩に面白おかしく描いている。

たとえば、昆虫の研究者には個性的な(一般社会では変わり者)研究者がたくさん登場する。アリの研究者ボルトン、妻との旅行に約束も忘れて研究に没頭するマッティングリー。新種に、ブッシュ大統領とその側近の名前をつけたり、ダースヴェイダーの名前をつけたり。アブラカダブラという名前をつけたのに、属が変わって平凡な名前になってしまったり。
とユーモアのセンスも一流である。

この博物館は壮大なコレクションを誇っているが、本書に登場する数々の研究者を見ても、単なる収集家たちではないかという気にもなるが、「コレクションにはどんなものも決して捨ててはいけないという大原則がある。生涯をコレクションにささげてきた人こそが、博物館の今そしてあるべき姿を築いている。」

ご他聞にもれず、イギリスでも研究者の予算獲得は厳しいようで、一流の研究者でさえ苦労している様子がうかがい知れる。
著者は言う。「環境への人為的影響が生態系全体を悪化させていく現在、自然史博物館の研究はこれまで以上に重要である」
そして本書は、著者が敬愛する人々が従事する研究を取り上げて著者の乾燥標本収蔵1号室をつくったとしている。

多くの研究者の努力によって収集され分類されてきたこの地球上の生命を解き明かしてきてくれた博物館と研究者たちに改めて敬意を表したい。
本書とともに大英自然史博物館をすっかり堪能し、いつかはぜひ訪れてみたい場所になった。

「今この世界を生きているあなたのためのサイエンスⅡ」リチャード・ムラー著 楽工社2011/06/05 06:09

Ⅰに続いてⅡもおもしろい。
我々が普段常識と考えていることが見事に覆されていく。

本書の主題は、最終章の「地球温暖化」である。
ここでも、著者の通説への反論が興味深い。 すなわち 南極の氷の融解は温暖化の証拠ではない。むしろ、温暖化が進むと南極の氷が増大すると考えられてきた。
温暖化でハリケーンの被害額が増大しているというのも事実ではない。物価上昇を考慮すれば、その被害額は一定に近い。
ハリケーンの増加を温暖化の証拠とする主張も科学的ではない。観測精度が向上した結果に過ぎない。 などなど

興味深いのは、自動車に関する指摘で、
水素自動車は体積比のエネルギーで、ガソリンに比べて3分の1しかないため航続距離も短く実用性は困難とし、
電気自動車もエネルギー貯蔵率がガソリンの30分の1のため、重量が相当重いものとなる上、700回充電するごとに交換が必要になるという。
現実的な解決策は、回生ブレーキを活用したハイブリッドと軽量化である。

ここまで読むと、著者が環境破壊へ消極的な人物のようにも思えてくるが、決してそうではない。
明らかに、二酸化炭素排出は人間の経済活動によるものであるし、地球温暖化の作用もあると論じている。

そこで、誰にでも実行可能な地球温暖化対策として、省エネと新テクノロジーを挙げている。
電化製品を省エネ型のものにすること。
持続可能な再生可能エネルギーを活用すること。
二酸化炭素回収貯留技術を活用すること。
など、ひとつひとつ地道に技術を積み重ねていくことが大切としている。

著者は最後にこう言っている。
「最大の敵は悲観的になりすぎること。」
震災と原発に揺れる日本へ向けられた言葉のように響いた。

「なぜ経済予測は間違えるのか?」デイヴィッド・オレル著 河出書房新社2011/06/05 06:50

科学者の立場からみた科学としての経済学への疑問を、経済学の源流から新古典派や金融工学に至るまで、きちんと章建てして、ひとつひとつ反論を試みつつ、新たな考え方を提示している。
世界金融危機後ここ最近出版された多くの本の中でも特におすすめの本の一つである。

科学者らしく、紹介している経済学者の理論を丁寧に解説している。
・経済学の起源は、ニュートン力学をきっかけに、経済法則を理論で説明しようと試みたものである。最も有名なのが需要供給曲線であるが、住宅価格や原油価格のようにまったく説明できないものが現にある。
・原子の動きを説明したブラウン運動を経済に応用した合理的市場仮説を使っても、現実のGDP予測は当たったためしがない。
・パスカルの三角形が基礎となった正規分布では、株価の変動率は説明できない。むしろ、地震の揺れと同じくべき乗則の分布に従う。
・同じく、年収別にも地域的にも富の分布もべき乗則に従い、世界経済はきわめて非対称的になっている。
・そして、経済学の最大の問題点は、その因子の中に地球資源を入れていないことにある。
・加えて、豊かさの指標とも言われるGDPだけでは、成長の負の側面~格差の広がりや環境破壊などは見えてこない。すなわち、どんなに物質的に豊かな国々でも幸福を表す指標は1960年代以降上がるどころかわずかながら下がっている。
・著者は、アメリカ史上最大の詐欺事件を例に世界経済もネズミ講と同じようなものだと断じている。生産と消費のみの経済成長は必ず壁にぶち当たる。

世界的に積み上がる負債と進む環境破壊。
これが、150年間続いた経済学の結論かもしれない。
著者が最終章でいくつか紹介している、経済を一つの生命体としてとらえるような新たな考え方に期待したい。
持続可能な社会のために。

「津波の恐怖」山下文男著 東北大学出版会2011/06/09 20:54

自身も10歳のときに昭和三陸津波を体験し、三陸地方の津波をライフワークとしている著者によるまさに表題どおりのメッセージが込められた本。

今回の東日本大震災の大津波と2万人に上るその死者を思うと、再三にわたる著者の警告がとても重いものに感じる。

著者のメッセージは以下のようなものである。
問題は、災害として津波の間隔が非常に長く、風化しやすい。
どんなに多額のお金をかけて、防波堤や防潮堤をつくっても、自然の力には逆らえない。それよりも、津波に注意の表示版をつくり、防災教育に力を入れ、記念館をつくるなどして広く津波の脅威と、実際に来たときの対処方法を教え続けることである。
今回の震災を見るにつけ、著者の警告が生かされなかったことをむなしく感じる。

そして「てんでんこ」の話である。
大川小学校の悲劇は、決して繰り返してはならない。

長年にわたり、津波の恐ろしさを伝え続けてきた著者に敬意を表したい。

「ニセ科学を10倍楽しむ本」山本弘著 楽工社2011/06/12 09:01

本書は、科学的根拠もないのにもっともらしい理屈をつけて多くの人をだましてしまう言説のいくつかを取り上げて、論理的にそのおかしさを浮き彫りにしていくものである。

家族の対話形式にして、わかりやすい本に仕上がっている。
特に、食品に含まれる残留農薬について取り扱った章で、無毒性量、ADI(一日摂取許容量)、LD50(半数致死量)などの言葉の意味や基準値と暫定値の意味(今回の放射線汚染でも使われた)についてよく理解できた。
単純にマスコミ報道だけで騒ぐのではなく、その発表された数値の意味をよく吟味することが大切なのだと考えさせられた。
ついでながら、今話題の放射線についても若干触れらている。
アポロ宇宙船でバンアレン帯を通過した際に宇宙飛行士が浴びた放射線は10~20ミリシーベルト。
国際宇宙ステーションで宇宙飛行士が浴びる放射線は、一日あたり1ミリシーベルト。
1年間に500ミリシーベルトを浴びるとがんで死ぬ確率が3パーセント増えるといわれている。
など、数字に裏打ちされた解説は論理的で説得力がある。
そして「人のいうことを鵜呑みにすることは危険だ」と再三にわたり主張している。
最後の、ニセ科学にひっかからないための10カ条は必読である。

それにしても、「ゲーム脳」、「買ってはいけない」、「血液型でわかる相性」などなど過去のブームをみても、われわれがいかにだまされやすいものか、いかに危険と隣り合わせなのかと考えさせられる。

本書には触れらていない最大のニセ科学が、社会科学と称しながら現実の世界を科学的に説明できずに、なんら処方せんも提示できない「経済学」かもしれない。

「レーニンの墓 上」デイヴィッド・レムニック著 白水社2011/06/12 11:14

1989ソ連崩壊に至る時代を現地で関係者に直接取材をして、その核心に迫った力作。
原著の出版年は、1993年であり、なぜ今なのかという疑問を抱きつつページをめくった。

上巻は恐ろしいほどのソ連恐怖政治の数々の証言が披露され、これだけの大国が維持できなくなっていく過程がよくわかる。
特に、その崩壊のきっかけとなったともいわれるチェルノブイリの事故は印象的である。
チェルノブイリの開発者アナトリー・アレキサンドロフへの取材 ~原発は100パーセント安全でなるべく人口集中地域の近くに立地すべきと主張していた。事故が起きた後でも、放射能の影響は誇張しすぎだと豪語する。
そして、事故直後の官僚発言。「ちょっとしたトラブルはあったが深刻なものではなく原子炉は壊れていない。パニックは放射能より怖い。」とはまるでどこかの国と同じではないか。
この事故が、ソ連という国を解体させたきっかけの一つと考えると今フクシマの事故を前に考えさせられるものがある。

ゴルバチョフ自身はペレストロイカを通じてソ連をスターリンからレーニンに回帰させようとしただけであったが、炭鉱労働者ストが各地の民族運動と結びついてゴルバチョフ自身をも葬り去ってしまった歴史のエネルギーを感じさせる。

エリツィンからプーチンに変わり、今のロシアはまるでソ連に戻ってしまったかのようである。
あのソ連崩壊は一体何であったのか、そして今この国の行方までも考えさせてくれる大作である。

「地下鉄の科学」川辺謙一著 ブルーバックス2011/06/18 17:15

地下鉄の歴史と、その工法、駅や車両の仕組み、制御技術など地下鉄をめぐるほぼすべてを網羅した本。
鉄道マニアならずとも普段接している割りに知らないことが多く、実に楽しい。

まず、その誕生の背景である。
150年前のロンドン。すでに、ターミナル駅が7つあり、これらを結ぶために世界に例のなかった地下鉄が考えられたという。工事は開削工法で現在でも行われている。当初は、蒸気機関車であった。
日本の技術水準が高いとされるシールド工法も、ロンドンが発祥でなんと地下鉄よりも20年も前という。

現在地下鉄のある都市は、世界に151あり、インドや東南アジア、南アメリカにもある。世界で最も深い駅は、ロシアにあり地下105メートル。

また東京のように郊外鉄道と相互乗り入れが行われているのは、世界的にみても珍しく、総延長では、ロンドンに及ばず上海にも抜かれているが、乗り入れ分を考えれば、東京もなかなか大したものだと思う。

さらに読み進んで最も興味を引かれたのは、迷路のように入り組んだ地下鉄路線同士の交差の様子である。
副都心線と都営新宿線のトンネルの間はわずか11センチというから驚きである。

また、列車の制御技術は日本がもっとも優れていると思いきや、残念ながらイギリスやアメリカ由来の技術が多い。

こうしてみると、海外から導入した技術をうまく組み合わせて発展してきた日本の歴史と重なり合っているのがよくわかる。
オリジナルの開発力には及ばない。
しかし、日本の応用力も素晴らしい。

「渋沢栄一 Ⅰ」鹿島茂著 文芸春秋2011/06/18 17:25

明治新政府の黎明期に、いわば日本の産業界の基礎を築き上げた巨人である渋沢栄一の生涯を描いた本。

Ⅰは彼の生い立ちから一橋家に仕えて当時の先進国フランスでその社会の仕組みや思想に触れ、大蔵官僚として廃藩置県にあたって公債を発案し、下野して銀行や製紙会社を設立していった前半生を追う。

彼の卓越した才能といくつもの運と当時の時代的背景がうまく組み合わさって渋沢栄一という人物が生まれたという気がするが、彼が存在していなかったら今の日本がまるで異なった国になっていたのかもしれないとも思える。

また、主題とは異なるが、印象的だったのが、徳川家の命でフランスに向かう途中上海に寄った際の描写である。
 すでに電気やガス灯が設置してあった景観に触発される場面がある。
 今、原発に揺れる世界を見ると、150年経った現代でも渋沢栄一が手本とした当時の先進国とほとんど変わっていないことに愕然とする。
 進んでいると思っていた現代の技術があっても、当時とほとんど変わらないインフラとは何とも情けない限りである。

 そういう意味では、渋沢がゼロから立ち上げていった当時と同様、今こそ新たな社会システムを構築していく時代に入りつつあるのかもしれない。

「人は放射線になぜ弱いか」近藤宗平著 ブルーバックス2011/06/23 04:09

原爆投下直後の広島を歩いた原体験から、放射線の人間への影響を長年にわたり研究し、さらにチェルノブイリ事故後の調査結果も踏まえて記された本。
多くの原爆症患者の臨床やチェルノブイリ事故などの実証研究に裏打ちされており、信頼度は高い。

著者の主張を簡潔にいうならば、一定量以下(これをしきい値という)の放射線を浴びても、人体への影響は見られない。すなわち「放射線は少しなら心配無用」というものである。

実際、チェルノブイリ汚染地での白血病の発病率は汚染前と同じ。チェルノブイリで汚染したミルクや野菜を事故後数週間摂取した胎児に発生異常の危険はゼロ。原爆に生き残った人の二世と被爆していない人の二世を比べても、放射線の遺伝的影響は見られない。われわれは、天然カリウムに含まれる放射性カリウム40を誰でも3000ベクレル体内に持っている。
放射能が弱い水は、発がん力がゼロになる。これは、DNA修復とアポト-シスの協力作業によるものである。
すべての自然放射線による年間被爆量は、2.4ミリシーベルト。
微量の放射線は、生命の活力を刺激する場合が少なくない。これをホルミシス効果という。
チェルノブイリの避難対象地域は生涯被爆量35レム(350ミリシーベルト)以上とされたが、中国には自然放射線量がこれより高いところがあり、この地域の住民の方が平均年間がん死亡率が低い。
原爆被爆手帳保持者の追跡調査によれば、60歳を超すと被爆した人の方が、有意に死亡率が低い。すなわち長生きになる。
チェルノブイリの子供の甲状腺腫瘍の発生率が、高まったとされているが、甲状腺の検診率が高まったためである。甲状腺腫瘍は普通に見られ、悪性なものはまれである。

そして、本来人体に有害と証明されていない微量の放射線を健康に有害だと断定するのは、ニセ科学であるとまで述べている。

われわれの体は少しの放射線にはびくともしないという著者の主張に、耳を傾けたい。
 ここ最近のマスコミ報道を受け、正確な情報もないままわれわれは過敏になりすぎているようである。
 「正しく怖がる」ことが必要だと感じる。

「スーパーセンス」ブルース・M・フード著 インターシフト2011/06/27 04:59

すべての人間には、超自然的なものを信じる感覚「スーパーセンス」がある、というのが本書の主題である。

とかく、われわれは物事を判断するのに、合理的に行動していると思いがちであるが、本書はそのような概念をことごとく打ち砕いてしまう。

本書の原題「殺人鬼のカーディガンはまず着れない」にあるとおり、実態上は普通のカーディガンなのにそこに何かつけ加わると汚れたように思い、反対に有名人のものなら積極的に身に付けたいと思ってしまう。

著者に寄ればヒトの持つこういう感覚は、幼児のころから持っている。それは、本書で示される様々な実験結果からも明らかである。

確かに、われわれの周りにはヒトの持つ「スーパーセンス」を表すものがいたるところに見られる。
何か効果をうたった化粧品のたぐいや健康食品の数々。
ホメオパシーなどの医療行為。
直感だとうまく行くという感覚。
視線を感じるという感覚。
さらには、誰にでもある「げんかつぎ」。
宗教も人々の合理的思考の副産物としての「スーパーセンス」を好む傾向にある結果である。
意外にも、科学的探求心も宗教を信じる心も根は同じというわけである。

もしかしたら、われわれが持っている生きる力ともいうべきものの根源は、こんなところにあるのかもしれない。