「経済復興」岩田規久男著 筑摩書房2011/08/01 20:25

東日本大震災の復興財源について、復興債を発行しこれを直接税で償還しようという政府の方針が揺らいでいる。
緊急を要する時に、ひとつひとつの政策がなかなか決まらず、その度に復興が遅れていくような気がしてならない。
加えて、ここへ来ての急激な円高は、ようやく回復への足取りを始めた日本経済の足を引っ張る要因になりそうである。

本書は今回の大震災にあたり、過去の大震災とその後の復興政策を概観しつつ、著者の持論である国債の日銀引受による財源手当を提言している。

いうまでもなく日銀の国債引受は「禁じ手」とされ、これを際限なく行うとハイパーインフレを誘発すると言われている。

しかし、著者は戦前の高橋財政の時代を詳細に分析し、デフレと円高にあえぐ今の日本の経済状況に照らして、適切に管理さえすればもっとも有効な政策であると提言する。
円が76円台へ突入していく今、著者は日本経済を鋭く見つめていると感じる。

ここへ来て「歳出の削減」だとか「経済が回復してから」とか相変わらず空回りばかりしている。このままでは、再び先送りによる次の世代へのつけ回しになりそうである。
著者の議論は一見すると暴論のようにも見えるが、今は緊急自体である。
このような時には、著者の提言も議論の爼上に乗せてはどうかと感じた。

「利他的な遺伝子」柳沢嘉一郎著 筑摩書房2011/08/05 09:18

本書は、主に脳科学の最新の研究成果を踏まえ、現代の人間社会について著者の考察をまとめたものである。とりわけ、表題にもある「利他性」についての項目が興味深い。

教えられることがいろいろある。
・一見人見知りをする人は社会への適応が弱いように見えるが、むしろ扁桃体の働きがよく、社会への適応ができるタイプである。
・脳の神経細胞の数は年齢とともに減ると言われているがシナプスの数は頭を使っている限り減らない。
・セロトニンが少ないと不安になったり攻撃的になる。セロトニンの分泌を上げるには、体をリズミカルに動かすこと、またはガムをかむことである。
・ヒトの培養神経細胞にエストロジェン(女性ホルモン)とテストステロン(男性ホルモン)をそれぞれ与えると、相手細胞とシナプスをつくる場所が異なる。これが、男女の脳の違いを生み出している。
・母親の脳に胎児の細胞が入り込み、母親の神経細胞と同じように分裂増殖している。さらに損傷を受けた場合は胎児の幹細胞が修復する。
・人には暴力遺伝子というヒトの暴力に関係する遺伝子があるが、乳幼児期に母親が家庭で温かく包んで育てればその遺伝子は発現しない。または、「何があってもその人のところに行けばやさしく保護してくれる」ヒトの存在が、子供の健全な心身の発育に必要。
・感情は理性とは対等で、時に理性より大切なこともある。
・脳を鍛えるには、人とコミュニケーションをとることである。
それとともに大切なのは利他性である。

以前読んだ本に、経済学を学んだ学生は他の学生よりも利己的な行動をとる傾向にあるという。
本書でも触れられているが、ウォール街ではひたすら自分の利益だけを追及すれば経済は望ましい姿になるという考えが通用しているが、本来人は利他的な存在である。
もちろん、遺伝的な要素や環境的な要素もあるが、有限な地球資源を前に持続可能な社会としていくためにも、本来人に備わっているの利他の本能を顕在化させたいという著者の考えを全面的に支持したい。

「激動予測」ジョージ・フリードマン 早川書房2011/08/07 10:08

前作「100年予測」はSFとでもいうべき内容であったが、今回は現在の世界情勢を踏まえて今後10年間に起こりうる可能性を地域別に詳細に分析したものである。

その内容は、前作と同様ユニークである。
すなわち
アメリカは、「帝国」として存在し続ける。
そのために、各地域の勢力均衡を図りどこと手を結ぶか、どのような場合に介入するかという計画が示されている。
アフガニスタンとイラクでの戦争により、結果としてアメリカはイランと和解する。
次の10年でアメリカはイスラエルから距離をおく。
長期的にイランとイスラエルの対抗勢力になるのは、トルコである。
ロシアとドイツはそれぞれ資源と技術の補完関係から接近する。
これに対しアメリカは、ポーランドを重視する。
中国は、沿岸部とその他の地域とが分裂の危機に瀕し、弱体化する。
日本は長期的には、海軍力を中心に軍事力を強化する。
中国がアフリカから天然資源を買収しているが、いずれアフリカの不安定にさらされる。

著者の分析が現在の世界情勢から見て意外感を感じるのは、長らく第二時世界大戦以降の冷戦下にあって、固定化された世界情勢に慣れすぎてしまったのかもしれない。
長い歴史の中では、国際情勢は常に流動している。
これからの10年は、著者の言うとおり激動の時代になるのは間違いない。
そして、日本は地震をきっかけとして変化を遂げ、21世紀の強大な地域大国になるという著者のメッセージは心強い。

「山手線と東海道新幹線ではどちらが儲かっているのか」中嶋茂夫著 洋泉社2011/08/11 21:42

JRの収益のからくりを、鉄道マニアの視点から楽しく解説してくれる本である。 これを書いたのが、本職ではなく、鉄道マニアというのにも驚かされる。

われわれは普段意識せずに切符を買っているが、鉄道の世界では一般人の知らないところで実に様々なきめ細やかな戦略がとられていることがよくわかる。

トワイライトエクスプレスやカシオペアの絶妙な車両構成の仕組み。
高速バスと割引切符の関係。
フルムーンパスという発想の由来。
切符売り場での手数料収入と電子マネー化による収益向上策。
などなどよく分析している。

それにしても、手足を縛られていた国鉄時代と比べて、優良会社へと変身したJR各社の経営努力は見事である。
ここに至るまで、血のにじむような相当の過程があってのことと推察されるが、利用者にとっては、国鉄時代とは比較にならないくらいにサービス面、利便性、信頼性は高くなったと感じる。
まさに民営化のモデルである。

「大震災後の日本経済」野口悠紀雄著 ダイヤモンド社2011/08/13 10:16

経済学の観点から、いつも新たな見方を示してくれる著者の大震災後の日本経済の予測と処方箋である。

まず、電力問題である。
本書の執筆時点では東北・東京電力管内のひっ迫に対するものであったが、今や原発稼働停止にともない電力危機は全国に広がっている。 これを著者は、戦時体制の復活にも見える統制ではなく価格メカニズムによる需要抑制を提言している。

いくつか興味深い指摘がある。
意外なのは、GDPあたりのエネルギー使用量の国際比較である。イギリスは、日本の42%に過ぎない。また、GDPあたりの電力使用量でみても、アメリカ、ドイツ、イタリアも日本より少ないという。
節電や統制ではなく、経済全体の構造を見直す好機かもしれない。
また、日本の法人税の実効税率は諸外国に比べて高いとされているという通説については、多くの租税特別措置や損失の繰延措置などがあり、法人課税の実効税率に引き直すと、およそ3割程度になるという。むしろ、法人全体の課税負担でみれば、対GDP比で低水準になる。
したがって、少し前に言われていた減税論議は封印し、いま必要な復興財源の捻出に注力すべきであるとする。

また著者は、震災による設備破壊と電力不足による厳しい供給制約と復興需要による投資の増大からクラウディングアウトとなり、超円高を予測している。
実際、ここ最近ではそのとおりの動きとなっている。
このままでいくと、1ドル=50円の超円高もありうるとし、製造業の海外移転は所与のものとして、むしろ資産大国として貿易収支よりも所得収支に比重をおくべきだと結論づける。
ただ、金融大国とされたアメリカやイギリスは2008年金融危機以降のパフォーマンスの低下から立ち直れていない事実をみれば、著者の主張は空虚に思える。

そして、復興財源である。
これを、国債に求めればいずれインフレになる。あわせて、無利子国債やコンソル債、政府紙幣といった奇策も切り捨てている。
また国債は、高齢化による貯蓄率低下もあって現在企業の資金需要低迷を背景に民間金融機関の購入により賄われてきているが、これもあと9年程度しか持たないという。
著者は、インフレによって政府債務の実質負担を軽減する道については、戦後の復興投資の激しいインフレを反面教師とするなど否定的である。
ただし、今の政府には増税に踏み切るだけの力も意欲もない。
ただただ、先送りを続けているだけに見える。
逆説的ではあるが、日銀による出動かはたまた海外での国債消化によるインフレという道しか残されていないような気がする。

「経済成長は不可能なのか」盛山和夫著 中公新書2011/08/13 16:01

社会学者という立場から、大震災に見舞われ四重苦とも言われる日本経済を、さまざまな経済学者の見解を客観的に分析した本に仕上がっている。

まず、よく言われる「ムダ削減論」である。
これは、80年代の中曽根政権までさかのぼり、いつしか神話となってしまったという。
これを著者はひとつひとつ検証していく。
結論としては、政府支出の「ムダ」を削減してもGDPにとってはマイナスの要因になる。そもそも政府の仕事は歳出をカットして利益をあげることではない。現に国民にとって必要な政策までが排除されて、たとえば医療費抑制の様々な弊害が現れている。

次に、「失われた20年」の要因として経済学者からさまざまな説(著者は7つに分類している)が言われているが、これらもひとつひとつ検証していく。
中でも、「日銀真犯人説」と「民間の資金需要減退説」に注目している。また、「潜在成長率が低い」という議論については、本来的に予測不可能なものを予測しようとしていると切り捨てている。
また、「生産性」についての議論も価格に注目し、需要減退の状況では、生産性の低迷は失われた20年の原因ではないとする。
さらに、「流動性の罠」の議論である。消費者レベルではエコポイントに見られるように決して消費支出が減退しているわけではないとし、企業は投資リスクを回避しているだけで流動性を選好しているのではなく結果として預金を保持しているに過ぎないと分析している。
そして、著者の分析の核心が、「円高」である。
すなわち、デフレ不況は円高の調整のために支払われた残酷なコストであり、これが生産活動の海外移転、新興国の経済発展、工業製品の円レートでの価格低下をもたらし、国内産業の衰退をもたらしたというのである。

そこで著者は、積み上がる負債を前に国債の日銀引受を主張する。
実際、ECBにしてもFRBにしてもそれぞれ国債を大量に引き受けている。
もちろん、これを行うとインフレの懸念がついて回るが、これを注意深く監視しつつ行えば、円高とデフレの両方を緩和できるとする。

少子化問題や社会保障へのアプローチも興味深い。
これらについては、ほとんど手の打ちようがないというあきらめのムードが漂っているが、なるべく財政負担の少ない形で少しずつでも取り組むことが波及効果を生むとしている。
教育や科学技術、医療、介護、育児への政府の支出は社会的意味を持つとして削減するべきではない、支出の削減はむしろ日本を破滅に導くとし、大きな政府による安心感をもたらすと主張している。
これは、今主流の歳出の削減と規制緩和論へ真っ向から対立する議論で興味深い。

とここまでの議論は大いに納得するものの、肝心の「経済成長」はどのようなアプローチで達成していくかの議論が弱いのが残念である。

それにしても、著者が言うように経済学なるものは物理学などとは違って「自明に正しい」議論はほとんどないに等しい。
残念ながら経済学は科学ではない。

「たんぱく質入門」武村政春著 ブルーバックス2011/08/15 20:50

身近なたんぱく質が、摂取した食物からどのように作られるのか、そしてどんな種類があってそれぞれどのように働くのかを一般向けにかつ最新の科学的成果を取り入れわかりやすく解説している。

食物としてのアミノ酸価という考え方から、肉や卵が食物としていかに大切なものか教えてくれる。
また、わずか20種類のアミノ酸から、二次構造、三次構造を通じてなんと10万種類以上のたんぱく質が生み出されるというから不思議である。

そしてこれを作り出すためにDNAからtRNAを使って遺伝子から転写される巧妙な仕掛け。
わずか4種類の塩基から20種類のアミノ酸と対応するコドン。
たんぱく質を分解する酵素の働き。
免疫反応にかかわる抗体としてはたらく防御たんぱく質。
熱に強い好熱細菌のたんぱく質や、逆に凍らない仕組みを持つたんぱく質。
さらにDNAの損傷によるがんたんぱく質の遺伝子。
ガン遺伝子であるSrc、Ras、Mycの特徴。
わずか一つの塩基の変異によるSNPで耳垢が異なる不思議。
BSEの原因物質プリオンの異常型の伝播の仕組み。
などなど、文系の私にも興味深くかつわかりやすく新たな知識を教えてくれる。

各章の終わりにユニークなたんぱく質の紹介があって、実に楽しい。また、著者の軽妙な語り口も好感が持てる。
改めて、生命の不思議さと奥深さを感じた。

「余震(アフターショック)そして中間層がいなくなる」ロバート・P・ライシュ著 東洋経済新報社2011/08/15 20:58

「暴走する資本主義」に続くライシュ氏の最新作。

2008年金融危機後のアメリカを見つめ、大恐慌に対して毅然として立ち向かったFRB議長エクルズを引き合いに、一貫して所得の減少と雇用不安にさらされてきた中間層の復権を主張する。

アメリカでは今や上位1%の富裕層が所得全体の25%を占めるに至り、中間層の割合は減少している。このように所得分配が偏ってしまった場合は、中間層の購買力を高めるような政策を行う必要があるとする。
しかしながら、このような政策立案への動きに対して、多くのロビー活動による弊害がある。事実、富裕層の相続税の非課税枠の廃止方針も2010年に撤回されたという。

それらの分析のうえで、第三部で詳細な政策提言がなされている。その提言は、具体的かつ実行可能なものばかりである。
これらは、同じように格差社会に突入しつつある日本への提言とも読める。
日本以上に病めるアメリカを感じるとともに、本書のように健全な議論がしっかり行われるアメリカは、やはりお手本としたい国である。

そして、著者が大震災後の日本へ向けたメッセージが心強く響く。
「日本はこれまでも乗り越えてきたように今回の震災と津波の惨禍を乗り越え打ち勝つに違いない。」

「最強国の条件」エイミー・チュア著 講談社2011/08/20 18:50

世界の歴史をさかのぼり、古今東西に登場した国々を分析し、最強国の定義付けをして、現代における最強国すなわちアメリカへの提言をしている。

興味深いことに、中世から近現代にかけて主要な役割を示しているのは、ユダヤ人である。すなわち、一時は寛容さをベースに大国となったスペインは、ユダヤ商人の果たす役割も大きかったが、イザベラ女王の時代に、異教徒として国外追放令を発する。これをきっかけとして、没落が始まる。
次に覇権が移ったのが当時スペイン領であったオランダである。というのも、スペインから逃れてきたユダヤ人が多く住んで、経済の中心地として勃興した。
その後、オランダがイギリスを実質的に統治し、オランダの寛容政策を移植するとともに、多くのユダヤ人が移り覇権もイギリスに移ることになる。
そして、宗教的寛容さを作り上げたアメリカである。ナチスドイツの迫害もあって、ヨーロッパから主要な頭脳が大量にアメリカに移り、最強国の基礎を作り上げていく。

もう一つ注目したいのが、モンゴルである。
モンゴル帝国はジンギスカンの時代に作られ、フビライになって最大の勢力を獲得するに至る。
意外なことに、ムガール帝国の祖は、ジンギスカンの子孫によって建国され、ムガールとはペルシャ語でモンゴルのことであるという。
このムガールもアクバル帝による寛容政策で頂点に達したもののやがて、不寛容政策に舵を切るとともに弱体化し、イギリスの征服を許してしまうことになる。

著者の分析で一貫しているのは最強国とは、統治した国々の文化や宗教への寛容性である。この寛容性が失われると、いずれも最強国から簡単に転落していく。
長い世界の歴史の中では、アメリカが今の地位を築き上げたのはわずかな期間でしかない。
アフガニスタンやイラクへの介入、2008年金融危機、そして債務問題に揺れるアメリカを見ていると、寛容性は弱まり、内向き志向を一段と強めつつあるように見える。
本書はそういうアメリカに向けられたメッセージである。

本書は新たな世界観を見せてくれる。

「水が世界を支配する」スティーブン・ソロモン著 集英社2011/08/22 18:58

水をめぐる壮大な世界の歴史を描き、水危機に揺れる世界のこれからを展望する。

水を切り口として、世界史を見つめる試みはユニークである。すなわち、耕作の開始、鉄の製造、人工運河、大航海時代、蒸気機関、巨大ダム、緑の革命、帯水層の活用など水のイノベーションが世界史のターニングポイントとなっているという視点である。

その中でも本書の主題は、やはり第4部「水不足の時代」である。
ダムや灌漑技術を駆使して、自然を克服してきた人類が大きな岐路に立たされている姿が描かれている。
第3部「豊かな水を享受する消費社会の誕生」で豊富な水とエネルギーを獲得した象徴としてのフーバーダムが、ここでは州をまたがる水利権の争いに姿を変えている。
このほか
ナイルをめぐるエジプトとエチオピアのあつれき。
イスラエルとアラブの水戦争。
ユーフラテス川の水源トルコと中東諸国の争い。
帯水層を利用するサウジアラビアとリビアと周辺国。
などなど多くの水をめぐる懸念が示される。
中でも最も懸念されるのは、中国である。
すでに黄河流域は砂漠化し、揚子江に造られた三峡ダムの環境への影響。
そして、揚子江の水を北部に送る南水北調プロジェクトには著者はちょうどソ連のアラル海を挙げ、持続可能性から大きな疑問を示している。

ここでヒントとなるのが、先進国での水の生産性の高さである。すなわち、一人あたりの取水量と経済成長及び人口増加との関連である。日本では、1965年から1989年に1立方メートル当たりの水の生産性が4倍になったという。
また、オーストラリアでの水取引所を活用した水政策の転換の成功例も紹介している。

ここでも、資源問題や地球温暖化問題と同様、水資源を持つ国と持たない国、先進国と最貧国など多くの対立構造が描かれ、人類が解決すべき大きなテーマであると感じる。