「夫婦仲の経済学」ポーラ・シューマン、ジェニー・アンダーソン著 阪急コミュニケーションズ ― 2012/07/01 07:00
最近は、経済学的な視点を使って身近なテーマを扱う書籍をよく見かける。
本書もその一つであるが、経済学の理論をわかりやすく応用しながら、数多くの夫婦の事例を使って
解決策を提示していく試みは、ユニークであり、具体的なアドバイスにもなっている。
・リカードの比較優位を、家事分担に応用して、うまく役割分担をする。
・カーネマンの行動経済学を、夫婦ゲンカに応用して丸く収めるアドバイスをする。
・アローのモラルハザード理論を、結婚という保険にあぐらをかいている倦怠期の夫婦にアドバイス。
・インセンティブ理論を使って、思いのままにパートナーを動かす方法。
・トレードオフの理論を使って、意思決定バイアスに苦しめられている夫婦への解決策の提示。
・アカロフの情報の非対称性理論を使って、風通しのいい夫婦関係を確立するコツを伝授。
・異時点間の選択問題を使って、初志貫徹のための努力は結婚が一番と断言する。
・バブルの理論を使って、夫婦のバブルをいかに避けるかを、シュンペーターの創造的破壊理論を使って伝授する。ここに記載されている夫婦信頼感指数のための簡易テストが面白い。
・ゲーム理論による夫婦のいさかいの解決策の提示。
などなど最新の経済理論がいたるところに登場する。
・また、参考になる記述がいろいろある。
「現代のカップルは、一緒にいるのが楽しいから結婚する。」
「夫婦間のインセンティブには金品よりもいたわりの方が効果的。」
「夫婦の信頼関係は一朝一夕に築けるものではない。」
「結婚は努力継続にもってこいのツールだ。このおかげで浮気をせず、自分以外の人間を思いやり、定職につき、ローンと子供と義理の両親を抱えながら遠い将来に向けて頑張る気になる。」
「ゲーム理論に教わることがあるとすれば、対人関係の肝は勝利を独占することではなく一定の制約の中で最大限の得点を挙げること。」
具体的事例が豊富でとても読みやすい上に、結婚生活に横たわる様々な課題へのアドバイスが得られるだけではなく、気軽に経済学が学べる好テキストにもなっている。
「重力とは何か」大栗博司著 幻冬社書房 ― 2012/07/15 13:04
CERNのLHCでヒッグス粒子とみられるが発見されたというニュースの報道があった。理論上その存在が予言され、長年探し続けてきたものだけに事実とすれば感慨深い。
本書は、重力をテーマにアインシュタインの相対性理論からはじまり、量子力学、そして著者の専門とする超弦理論まで、最新の理論物理学の成果を盛り込みながらわれわれ素人にもわかりやすく解説してくれる入門書になっている。
もちろん、今回の大発見であるヒッグス粒子も出てくる。
最新の理論物理学の成果をわかりやすく解説し、難解な理論も具体的で手にとるように説明してくれる。
とはいえ、日常現象とはかけ離れた世界だけに、戸惑いを覚えるのも事実である。
なかでも、「重力のホログラフィー原理」は何とも不思議である。つまり三次元の空間で起きる重力現象はすべて二次元世界に投影された現象として理解できるというものである。
重力は幻想であり、私たちの存在しているこの空間そのものがある種の幻想と言えるというのである。
そして、この宇宙はわれわれ人間にとって都合のよいようにできていると考える「人間原理」への、マルチバースという回答である。
このような書物を読むといつも感じる。
この小さな地球上で、いまだに続く戦争や資源獲得競争、領土争いなど、ほんのちっぽけなものにすぎないと。
「世界を救う処方箋」ジェフリー・サックス著 早川書房 ― 2012/07/15 13:12
世界の貧困問題の解決のために強いメッセージを発しているジェフリー・サックスの最新作。
今回は、アメリカの危機の分析とこれからの処方箋を記している。
本書はアメリカについて書かれたものであるが、そのほとんどは日本にも当てはまる。
たとえば、テレビの視聴は社会的健康に悪い。国民がより長時間テレビをみる国では社会に対する信頼度が低レベルにあるとし、アメリカが際立ってテレビの視聴時間が長いことを取り上げている。
また、コマーシャリゼーションと国内貧困率の関係では、商業志向が高い国は貧困層を置き去りにしていることが明確になっている。ここでは日本はアメリカに次いで第二位で貧困率が高い。
さらに、財政赤字のGDP比の高い国は、高度な教育、託児所、無償の医療、幼い子供のいる過程への交付金など北欧諸国にみられるようにより多くの公共財が供給されているという事実である。
日本でもしばしば聞かれる政府の「無駄遣いをなくす」という声に対しては、そもそもそれほど大きなものではないとする。
そこで著者が述べる処方箋は、困っている人を助け、社会全体を幸福にするために税金を払うこと、これが「共感の経済学」である。
また、印象的なのは、「ハイパーコマーシャリズムと手を切り、騒々しいメディアから距離をおき、今の経済状況についてもっと学ぶこと」と述べていることである。
物の豊かさと幸福度は比例しない。
新たな価値観がここにある。
「鉄道復権」宇都宮浄人著 新潮選書 ― 2012/07/16 11:14
本書は、ここ最近、都市再生、環境問題などをキーワードに急速に進む欧州の鉄道の現状を紹介しながら、日本の鉄道の課題を探った意欲作である。
欧州統合をきっかけに、欧州各地をネットワーク化した高速鉄道を紹介し、ベルリンやウィーンなど大都市でも進む結節点としての役割を持つ中央駅の建設、鉄道網を補完するLRTなど鉄道が復権しつつある欧州の鉄道を多角的に紹介している。
なかでも特に注目されるのが、LRTである。自家用車から公共交通へのシフトを見事に果たしたフライブルク。同様に自動車に対して厳しい規制をしつつ積極的にLRTの整備を進めて世界一の生活水準として知られるチューリヒ。これ以外にも、現在多くの欧州の地方都市で整備が進められていることを紹介している。
一方で、世界一とも呼ばれる日本の鉄道であるが、こと地方都市における現状となると寂しい限りである。
本書で紹介されるのは、LRT計画を立てながら政争の具とされて頓挫した宇都宮市と富山ライトレールとして知られる富山市の挑戦である。
本書が問題提起しているのは、自動車中心社会となりつつある日本で、地方都市の公共交通が衰退し、結果として高齢者やティーンエイジャーの移動の自由を奪うことになっている現状である。
ここで著者が言うのは黒字化という課題を鉄道に与えてしまっていることが背景にあるとする。
そもそも公共交通に採算を求めるのは日本くらいであるとも。
鉄道が日本の地方再生のきっかけづくりになる可能性を感じた。
「ロスト近代」橋下努著 弘文堂 ― 2012/07/16 12:09
失われた20年とも呼ばれる1990年台以降の日本を「ロスト近代」と定義し、果てしない欲望の増幅が経済成長の源泉とされていた消費社会とは明確に区分しようとする試みである。
独自の視点から、世界の潮流を捉えていて興味深い本である。
我々は未だに「成長」を信じ続けているが、もはや時代そのものが変化してしまっている。
宣伝に踊らされ、欲望を掻き立てられ、欲しいと思ったブランド商品を買っても飽きたらない時代。そんな時代が終わりを告げている。デパートの売上減少傾向に歯止めがかからずバブル期の半分程度まで落ち込んでいることがその象徴である。
インターネットやスマートホンなど基本料金さえ払ってしまえば、無料の情報が入ってくる。ネットを通じた自己愛消費によって、人生を楽しむことができる時代になった。
そして、東日本大震災を経た今、われわれの思考習慣は決定的に変化したとする。
最近よく言われる、「北欧型社会」モデルの分析も興味深い。そもそも北欧諸国は、アメリカ型の市場原理主義国家と対比をなす福祉国家ではないという。北欧諸国は、90年台以降大胆な新自由主義か路線を推し進め、日本よりも自由化している面がたくさんあるというのである。そこで、著者は新自由主義の定義を改めて明確化している。
また、「ロスト近代」の立場からの2008年経済危機も独自の視点から分析している。
サブプライムローン問題がなくても、金融危機は起きたとし、そもそも1980年代後半から危機は繰り返し起きているとする。経済危機は、好況と不況が循環する経済システムの中で、不況が一気に訪れることであり、バブルを処理するためには、できるだけ瞬時のパニック調整が望ましいとする。
本書は、消費社会の終焉と新たな時代の胎動を見事に描き出している。
時代そのものを捉え直して、新たな社会の構築をするときに来ていることを改めて痛感する。
「水危機 ほんとうの話」沖大幹著 新潮選書 ― 2012/07/22 01:42
水にまつわる学問水文学について最新の知見と著者の研究成果を総合的に解説した本。
普段われわれが常識と思っていることが、実はそうではないということが次々と明かされる。
・四大文明は、いずれも乾燥地帯に勃興した。川の水が確保できる日照の多い乾燥地帯の方が農業にはむしろ有利。そして、川の氾濫によって作物の収穫量が決まる。
・日本の水害は、20年で14兆円、戦後の水害死者の累計3万人にも上る。
・木を植えると豊富に水が使えるようになるわけではなく、水が豊富にあるから木を植える。
・治水事業が進むにつれて、上流の氾濫がなくなるために洪水到達時間、ピークの出現時刻が早くなる。
・今ではかなり正確に洪水発生予想が出されるようになっており、そういうときは学校は休校、会社も業務を切り上げるなどの措置をとるべき。
・人類の幸せのために地球環境を守るべきなのに、そこをないがしろにして地球環境の保全を声高に述べる、手段の目的化がみられる。
・過去110年の気象データを見ると、必ずしも最近になって豪雨が増えているわけではない。
などなど
そして著者は、仮想水という概念をつかって日本の輸入食糧を水に換算して発表して注目を浴びたが、必ずしもそれをもって危機をあおることはしていない。むしろ、仮想水貿易によって、水の生産性に比較優位の原則が働き、食糧生産に必要な水が節約されるとする。
すなわち、日本の仮想水輸入が多いからといって、日本が環境に不可をかけているとは限らないという。
断定的ではない独特の文体で、著者の考え方が素直に伝わってくる。
世の中には、間違っていないが正しいともいえないことがたくさんある、という著者の意識。
危機ばかりをあおるのはよくない。
地球を救うのではなく、人類の未来を守るために地球環境を守る。
などのメッセージが伝わってくる。
普段あまり意識しない水をめぐる問題点が身近なものとして捉えられ、浮彫りになる好著である。
「チョコレートの帝国」ジョエル・G・ブレナー著 みすず書房 ― 2012/07/23 21:22
アメリカのチョコレートの2大企業であるハーシーとマーズのそれぞれの歴史をその創世記からたどった大作である。
本書は、チョコレートの歴史にも触れ、アメリカンドリームを地でいくミルトン・ハーシーとフォレスト・マーズという対称的な二人の成功物語がまるで小説のように描かれぐいぐいひきこまれる。
ハーシーは、独自製法によるミルクチョコレートの成功をもとにチョコレート工場とともに街づくりや学校建設、孤児院までもつくり、戦前のアメリカを代表するような企業として、成功する。
一方、マーズはハーシーをライバルとして巧妙なマーケティングと徹底した利益至上主義で、当初はハーシーから機械を借りたり原料の仕入れをしていたが、ついに1960年代に全米1の売上高を奪取する。ちなみに、その代表的な商品m&mは、マーズのmとハーシーから引き抜いたムリー(当時のハーシー社長の二男)のmからとったものというからおもしろい。
(この話は、マーズジャパンのホームページにも出てくる)
本書には、実にいろいろなエピソードがちりばめられているが、両社のマーケティング戦略の対比や、おっとりしたハーシーと攻撃的で秘密主義のマーズという企業文化の違いも浮彫りにするなど、企業経営のありかたも読者に考えさせるなど、経営学的な見方もでき、読者に多くの考える機会を与えてくれる本に仕上がっている。
そして、あの映画のシーンも想起されて、興味深く読めた。
ハーシーとマーズ一体どちらがモデルなのだろう?
「小石、地球の来歴を語る」ヤン・ザラシーヴィッチ著 みすず書房 ― 2012/07/29 16:43
身近な小石を題材に、宇宙の始まりから、太陽系の誕生、地球と月の誕生、大陸移動、生命の誕生、そして人類誕生までの壮大な物語を描いたユニークな本。
現代科学の粋を集めて、その年代測定に使われる様々な手法も紹介される。
たとえば、
・ジルコンという美しい結晶に閉じ込められたウランとその生成物の鉛の量から測定する小石の生成年代。
・小石を溶かした後に現れる美しいシルル紀の微化石たち(その正体は未だに不明)。
・また、著者の専門分野である筆石というとても小さな鋸の歯のような化石。これは、史準化石として年代測定に使われているものではあるが、これもどのような生物であったのかはまったくの謎。
・このほか、ネオジム同位体によるマントルから解放された年代、レミウムとオスミウムによる海底堆積の年代、雲母の結晶中の放射性カリウムから造山運動の年代などのほか実に10種類以上の年代測定の指標がある上に、最近では宇宙線照射による年代測定や原爆実験、チェルノブイリ、そして福島の原発事故による世界中にまき散らされた人工の放射線が、今後の年代測定指標になるという。
さらに、人間が地球環境に与える影響についても懸念を示す。
たとえば、農地にまかれる化学肥料が海に流れ出し、プランクトンの大量発生により酸欠海域が発生している点も興味深い。
そして著者は、小石を使ってこれからの未来にも思いをはせる。
それは数億年というわれわれには永遠ともとれる壮大な時間である。
これ位の時間単位でものを考えると、岩石や大陸など安定して永久に変わらないと思われるほとんどすべてのものが、そのままの形ではありえないということにあらためて気づかされる。
どこにでも転がっている何の変哲もない小石の中に、我々の想像を超える遥かな過去の情報がたくさん詰まっているということに、新鮮な感動を覚えた。
最近のコメント